第31話 暴力は全てを解決する
「あんな奴にドキッとするなんて……!!」
陽菜は洗面台の前で歯噛みしていた。
「あれは違う。陰キャが真正面から好きだなんて言ってくると思わなかったから、びっくりしただけよ」
唯人による勘違い告白が、思いのほかクリーンヒットした陽菜。
手玉に取るはずの陰キャに心を乱されたことが、気に入らない。
「でも、顔は良いし、金も持ってる。性格が悪いわけでもないし、もしかして優良物件……いやいや、陰キャに本気になるとかありえないから!!」
陽菜は深呼吸をすると、ドアに手をかけた。
「もう遅れは取らない。今度は私がドキドキさせてやる……!」
がちゃり。
ドアを開けて店に戻ると、そこに唯人の姿は無かった。
その代わりに。
「やっほー陽菜ちゃん。ひさしぶりー」
「な、なんでアンタが……⁉」
「いやいや、元カレ相手にそれはないでしょ」
そこに居たのは、髪を金に染めたホスト風の男。
陽菜の元カレだ。
元カレを囲うように、強面の男たちが三人立っている。
「そもそも、この店だって俺が教えた店じゃん。繋がりがあると思わなかったの?」
「なるほど、バーテンが告げ口したのね」
何食わぬ顔でグラスを拭いているバーテンダー。
そのすかした顔を陽菜は睨む。
「なぁ陽菜ちゃん、俺とより戻そうぜ?」
「嫌よ。あんた反社と関りがあるんでしょ?」
始めはいい彼氏が手に入ったと思った。
気が利いて、お金を持っていて、年上らしい包容力がある。
しかし、すぐに違和感が出た。
元カレは電話口で怒鳴り散らしていることが多かった。
その内容を盗み聞きすると、薬や女といった単語が頻出するのに気づいた。
怖くなって調べてみたら案の定。
元カレは反社会的な組織と繋がりがあり、裏ではヤバいことをやっている。
そんな噂がわんさか出てきた。
「……察するに、私のこともドコかに売ろうとしてたんでしょ?」
「いやいや、陽菜ちゃんのことは本気で愛してるんだって。戻って来てくれよ」
「他を探しなさい」
陽菜は店を出ようとしたのだが、出口への店を男たちにふさがれてしまう。
元カレは深くため息を吐いた。
「はぁー。そうだよ。俺って女の子を紹介する仕事してんの」
「クズね」
「陽菜ちゃんも人の事言えないでしょ? 俺のこと金づるだと思ってたでしょ?」
それは否定できない。
だが、元カレほどクズだとも思っていない。
一緒にしないで欲しかった。
「実はさぁ、上の人に陽菜ちゃんの写真見せたら、気に入ったみたいなんだよねぇ。おとなしく俺の出世のために犠牲になってくれない?」
元カレはゆらゆらと陽菜に近づいてくる。
怖い。泣き出しそうなのをグッとこらえて、元カレを睨みつける。
「何するつもりよ」
「そんな心配そうな顔しない。ちょっとお薬キメて抜け出せなくなったら引き渡すだけだから」
元カレが手を伸ばす。
陽菜はギュッと目をつぶる。
「あのー、なにしてるんですか?」
場に庭わない、ぼんやりとした声が響いた。
店の入り口に目を向けると、唯人が顔をのぞかせていた。
助かった。
喜びのあまり叫び出しそうになったが、すぐに気づく。
男の一人が懐に手を伸ばしていた。
チラリと見えたのは、銀色に光る刃。
(このままじゃ、唯人も巻き込まれる……)
もしかしたら、助かるかもしれない。
陽菜が叫んで、すぐに唯人が逃げ出して、外に出て助けを呼べばなんとかなる。
だが、もしも逃げ切る前に捕まったら?
このバーは人目につかない立地にある。
外に出てもすぐに捕まっては意味がない。
そうなったら、陽菜だけでなく唯人まで巻き込まれてしまう。
「なにアンタ? まだ居たの?」
「……え?」
陽菜は声が震えないように、必死に抑え込む。
出来る限り冷淡に、吐き捨てるように。
「全部嘘よ。私があんたみたいな陰キャの相手するわけ無いでしょ。あんたがキョドってる動画見て、笑ってたとこなんだけど?」
「えぇ……」
「分かったら、さっさと出てってくれる? 視界に入るだけでうざいから」
「……はい」
唯人はトボトボと店から出て行った。
これで唯人は巻き込まれない。
「巻き込まないため? 優しいじゃん。もしかして惚れてるの?」
「……うざい。さっさと連れてけば?」
「じゃ、とりあえず店の奥にでも」
元カレが手を伸ばして――
「あのー、ちょっと良いですか?」
「なんで戻って来るのよ……」
のこのこと戻って来た唯人。
首をかしげながら、陽菜を見つめた。
「なんとなく、陽菜さんが泣きそうな顔をしてる気がして……もしかして困ってたりします?」
「な、泣きそうになんて……なんでこんな時だけ察しが良いのよ。あんたを逃がそうとしたんでしょ⁉」
「あ、そうだったんですね。でも、困ってるなら放っておけないかなぁと思って」
しんと静まる店内。
舌打ちが響いた。
「もういいわ。捕まえとけ」
「おう」
男の一人が、ナイフを取り出した。
ドスドスと足音を鳴らして、唯人に迫る。
「逃げ――!」
陽菜が叫び終わるよりも早く。
ガシャン!!
唯人に迫った男が投げ飛ばされた。
「……え?」
「な、なんだコイツ⁉」
残った二人の男たちも、唯人に迫る。
「ぶべぇ!?」
「ぐほぉ!?」
しかし、一瞬で倒れ込んだ。
ほんの数秒で形勢は逆転。
元カレのほうが追い詰められる。
「ち、近寄んな!!」
「きゃ⁉」
元カレはナイフを取り出すと、陽菜の首に突き立てた。
冷たい刃が肌に触れる。
「ち、近づいたらこいつを切るぞ!?」
からん。
陽菜の首に突き付けられていたナイフ。
その刃だけが床に落ちた。
「俺の友だちに、ひどいことしないでください」
「ぶふぉ!?」
元カレの顔面に、唯人の右ストレートが炸裂。
ドン!!
店の壁へと吹っ飛んでいった。
「えっと、陽菜さん大丈夫ですか?」
気がつけば、あっという間に事態は解決していた。
陽菜がそのことを理解すると、不安と安心が同時に追いついてきた。
「こわがったよぉぉぉぉ!!」
「うぇ!?」
陽菜は唯人にギュッと抱き着く。
目の奥から、ボロボロと涙が出てきた。
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