第30話 バーに居る

 唯人が陽菜に引きずられてやって来たのは、隠れ家的なバーだった。

 少し怪しい、大人な雰囲気の場所だ。


 高校生なら緊張しそうな場所だが、もはや現実感が無さすぎて緊張も何も無かった。

 スタブの方がリアルできつかった。


 唯人たちは店のカウンター席に座る。


「こういう所って高校生が入って良いの?」

「入るだけなら問題ないよ」


 実際、ちょび髭を生やしたバーテンダーは気にした様子もない。

 静かに『いらっしゃいませ』と言って、受け入れている様子だ。


「てきとうにノンアルカクテルください」

「かしこまりました」


 バーテンダーは準備をすると、シャカシャカとやり始めた。

 初めてシェイクを間近で見た。


「カクテルって飲んでいいの?」

「ノンアルコールだから大丈夫。お酒じゃなくてジュースみたいなものだよ」

「そう言われると確かに……」


 ちなみに、法律でこそ禁止されていないが、未成年がノンアルを飲むことは推奨されていない。

 これはノンアルコール飲料の多くが、お酒の味を意識して作られているからだ。

 各種業界の自主規制によって未成年への販売が断わられる場合も多い。


 バーテンダーはオシャレなグラスにカクテルを注ぐと、唯人たちの前に差し出した。


「私と唯人の出会いにかんぱーい」

「か、乾杯?」


 かつん。

 軽くグラスを当てて乾杯をする。

 ちょっと後ろめたさを感じながらも、唯人はカクテルに口を付けた。


(……よく分からん)


 唯人はお酒を飲まないタイプだった。

 なので、カクテルを飲んでも美味しいのかどうか分からない。

 ジンジャエールとか飲みたい。


「ねぇ、唯人くんってどんな女の子が好きなの?」


 そう聞かれて、唯人が思い浮かべたのは秤と桐華だ。

 その二人の共通点と言えば。


「俺と喋ってくれる人?」

「いや、ハードル低すぎじゃない?」


 ちょっと足を上げればまたげるくらい低い。

 思わず素で突っ込んでしまった陽菜である。


 ちなみに、陽菜が聞いた『好き』は恋人として。

 唯人が思い浮かべた『好き』は友人としてだ。

 合コンに来ていたことが、唯人の頭からすっぽりと抜けていた。


「じゃあ……私のことはどうかな……?」


 陽菜は上目遣いで見上げてきた。

 うるうると震える瞳は、何かを求めているようだ。


(好きとか嫌いとか言われても……会ってから数時間だし……)


 判断材料が少なすぎる。


 しかし、初めの食事の時には唯人のラノベ趣味を肯定してくれた。

 その後も積極的に接してきたので、彼女が仲良くなろうとしていることは分かる。

 特に嫌う理由もない。


 ここは好意的に返事をしておこう。

 唯人は陽菜の目を見つめた。


「うん。好きだよ」


 ぼん!!

 そんな擬音が聞こえそうなほど、陽菜の顔が真っ赤に染まった。


 ちなみに唯人の好きは友だちとしてだった。

 とんだバカヤローである。


「あ、ありがとう!! わ、私も唯人くんのこと好きだよー!」


 なんだか、やけくそ気味に陽菜は叫んでいた。


 真っ赤な顔に異常なテンション。

 それはまるで酔っ払いのようだ。


(あれ、これってノンアルコールなんだよね?)


 陽菜は慌てたように立ち上がる。


「ちょっと席外すね!」


 そう言って、急ぎ足で奥の扉へと入っていった。

 トイレだろうか。


 陽菜が居なくなって、暇になってしまった。

 唯人がぼんやりと、酒瓶の並んだ棚を眺めていると。


「お客様、申し訳ありませんが臨時休業とさせていただきます。ご退店ください」


 バーテンダーが憮然と言い放った。


「え、でも、一緒に来た人が……」

「そちらの方も、戻り次第ご退店いただきます」

「は、はぁ……」


 納得はいかないが、反抗するわけにもいかない。

 もしかすると、やっぱり学生はダメだと判断したのだろうか。

 唯人はおとなしく店を出ることにした。

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