第29話 お財布

(はぁー。今日は来てよかったぁー!!)


 陽菜たちは、ショッピングモールの小物店にやって来ていた。


 陽菜はにこにこと笑みを深めながら、唯人の腕に抱きつく。

 その笑顔は、作り笑い五割、本気五割くらいで構成されている。


「あの、ちょっと近い」

「えー? これくらい普通だよぉー」

「そ、そうなの?」


 唯人は挙動不審に慌てている。


 最初は今回の合コンは失敗だと思った。

 やって来た男たちはパッとしない。

 唯一顔が良い男も陰キャだった。


 ちょっと微笑んでやると、怯えたように目をそらす。

 女性ウケの良い服を着ていたため当たりを引いたかと思ったが、とんだ期待外れだ。


 しかし、思いもよらない嬉しい誤算があった。


「あー、これとか可愛いけど、ちょっと高いかなぁ……」


 陽菜はポーチを手に取った。

 少し高い。高校生であれば購入をためらう値段だ。

 陽菜は露骨にしょんぼりしながら、ポーチを見つめる。


「……プレゼントしようか?」


 釣れた!!

 唯人が声をかけて来る。


 唯人は学生にしてはお金を持っているらしい。

 こんな陰キャ男子は、ちょっと甘えてやれば簡単に操れる。

 このまま彼氏にして、財布として使ってやろうと、陽菜は考えていた。


 しかし、ここでがっつくのは三流だ。


「ううん、悪いからいいよ。今日会ったばっかりなんだし、あんまり甘えちゃダメだよね」


 ここは一度引くべきだ。

 お金や物が目当てじゃないんだよ。そうアピールしておく。

 そうすれば、唯人の方から『プレゼントしたい』と押してくるはず――。


「あ、そうだよね。ごめん。急に変なこと言って……」

(いや、諦めが早すぎるでしょ⁉)


 陽菜は唯人の陰キャ具合を見誤っていた。

 唯人は基本的に悪い方向に考える。

 断られたら『あ、気持ち悪いこと言ったかな……』と落ち込んで、さっさと引いてしまうのだ。


「で、でもぉ。唯人くんと初めて会った記念としてプレゼントして欲しいかもぉ」

「あ、うん。分かった」


 無理やりだったが軌道修正。

 なんとか唯人にポーチを買わせることに成功した。


(扱いやすいのか、扱いにくいのか分かんない奴ね……)


 だが、扱い方は少しずつ理解していけば良い。

 陽菜はさらにもう一歩、関係を進めることにした。


「ねぇ唯人くん。二人で抜け出さない?」

「え、でも……」


 唯人は佐藤と鈴木の事を気にしていた。

 

(なんで合コンに来て、男子の事を気にしてるのよ……)


 陽菜はツッコミたくなったが、なんとか抑える。


「大丈夫だって、他の子にはひなから連絡入れとくから」

「え、ちょ――」


 陽菜は唯人の腕をグイッと引っ張った。

 唯人は抵抗することもなく引きずられていく。


(ふふ、全然抵抗してないじゃん。本当は私に誘われて嬉しいくせに)


 ただ単に嫌と言えなくて、流されやすい奴なだけである。

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