第20話 配信者

 快適な空の旅を終えた唯人たち。

 飛行機は現在、海の上に浮かんでいた。

 そのすぐ隣には、ちょっとした島ほどの大きさの巨獣。

 亀のような見た目だ。


「まじかで見ると大きいですね……!」


 秤は興奮した様子で、窓から巨獣を眺めていた。

 秤は空から巨獣が見えた時からテンションが高い。

 初めてのダンジョン探索で落ち着かないらしい。


(俺は見慣れたけど、初めてならびっくりするよなぁ)

 

 唯人は何度もダンジョンに来たことがあるので、慣れた景色。

 桐華も同じようだ。


「秤ちゃん、そんな所から見なくても、もう降りるんだから」

「そうでしたね。降りましょう」


 他の乗客もゾロゾロと降りていく。

 流れに乗って、唯人たちも飛行機から降りて行った。


 降りるときには、飛行機の周りが凍り付いていた。

 小さな氷塊になって、海の上をプカプカと浮いている。


「寒くない……冷たくして凍らせてるわけではないんですよね?」

「そうそう、魔法で無理やり固めてるだけ、乗客が乗り降りしやすいようにね」


 唯人たちは無事に巨獣へと上陸。

 他の探索者たちが、ぞろぞろと中央に開いた穴に向かっているのを見ながら、脇へと退いた。


「ダンジョンに行かないのですか?」

「ちょっと待って、その前にカメラを準備しちゃうから」


 桐華はサイドポーチから丸い球体を取り出した。

 野球ボールよりは少し大きい。真ん中には丸いレンズが付いている。


「ここのボタンで……起動!」


 その球体はふわりと宙に浮かぶと、桐華を見つめる。


「これが配信用のカメラだよ。自動で私たちを追いかけてくれるんだ」

「なるほど、便利ですね」


 秤が興味深そうに、ちょんちょんとカメラをつつく。

 カメラは空中でも安定している。つつかれても、ほとんど動かない。

 姿勢制御がしっかりしている。なかなか良い性能をしているらしい。


「これ、良いやつじゃないか?」

「せっかくだから、思い切って高いの買っちゃった!」

「え、た、高いのですか?」


 秤の腕がびくりと止まった。

 気軽に突いていたものが、高いと聞いてビビったらしい。


「まぁ、良い性能のパソコンが買えるくらい?」


 それを聞いて、秤はそっとカメラから離れた。


「私はもう触らないでおきます……」

「いやいや、そんな簡単に壊れないよ?」 


 桐華は苦笑い。

 ダンジョンに持ち込むものなので、見た目よりも頑丈に作られている。

 壊す気で攻撃しなければ、そうそう壊れないはずだ。


 カメラの上には、空間に画面が投影されていた。

 桐華はそこをタッチして操作を始める。


「えーと、配信をするには――」

「やぁ、美しいお嬢さん方、これからダンジョン探索かな?」


 探索者の一人が声をかけてきた。

 紫色のショートカット。王子様みたいな衣装を着たイケメンだ。

 桐華は知っている人らしく、パッと笑顔を作った。


「わぁ! ユーリさんだ!」

「……どなたですか?」

(友だちかな?)


 ユーリは、秤の『どなた』と言う言葉に顔を歪ませた。


「ぐっ! わ、私はダンジョンで配信活動をしているんだけど、聞き覚えがないかな?」

「そうだったのですか。申し訳ありません。存じ上げませんでした」

「そっかぁ、知らなかったかぁ……」


 秤は知らなかったらしい。

 唯人も知らなかった。

 ネットの有名人は知名度に偏りが出やすい。

 もの凄く有名でも、知らない人は知らない物だ。


 ばっと桐華が秤の前に出る。


「ごめんなさい。この子はちょっと正直すぎる子で……」

「いやいや、気にしてないよ。全然気にならないから」

(凄い気にしてそうだ……)

  

 ちょっと落ち込んでいるユーリ。

 桐華は励ますように、明るく声をあげた。


「秤ちゃん、有名な『女性』配信者さんなんだよ? 知らない人の方が珍しいんだから!」

「そうなのですか……え?」

「え? 女性?」


 唯人も驚いて声をあげてしまう。

 思わずユーリの顔を見つめる。


「あぁ、私はカッコいいからね。男に間違われても仕方がないさ……体の特定部位を見て判断したわけじゃないだろう。青年?」


 ユーリがグイッと迫って来る。

 眼力が凄い。

 思わず唯人は目をそらす。

 なんとなく、やましいことがあるような態度になってしまった。


「なんだ青年。まさか私の胸部を見て判断したのか? うん? どうなんだ?」

「ち、違います。ユーリさんの格好とかを見てそう思っただけで……」

「じゃあ、なんで目を逸らすんだ? やましいことがあるからじゃないか?」


 ずんずんと迫られる唯人。

 始めはカッコいい男の人に見えたが、女性と言われれば美人にも見える。


 そんな美人に迫られるのは気まずい。

 目を合わせられない。

 ユーリはキスでもしそうなほど、顔を近づけて来る。


「ちょ、ちょっと待ってください。唯人くんは純粋に人と接するのが苦手なだけなんです!」


 桐華が割って入ってくれた。

 おかげでユーリから離れる。


「そうだったのか。すまなかったな青年」

「い、いえ。大丈夫です」


 ぽんぽんと唯人の肩を叩くユーリ。

 その様子を桐華は疲れたように眺めていた。


「あの、そもそもなんで声をかけてきたんですか?」

「特に理由はないよ。ただ綺麗なお嬢さんたちが居たからお喋りをしたかっただけだ」


 ユーリはそう言うと、中央に開いた穴の方へと足を向けた。


「私は一足先に入るとしよう。ダンジョン内で会ったら、いつでも頼ってくれて良いよ」


 そう言い残して、悠々と歩き去って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る