第19話 難しいワン

 土曜日。唯人、桐華、秤たちは空港にやって来ていた。

 だが、普通の空港ではない。


「探索者の方はこんなに居るんですね」

「ほらね? 私たちの格好でも目立たないでしょ?」


 唯人たちは、先日購入した探索用の衣服を着ている。

 周りも似たような雰囲気の人たちが多い。

 まるでハロウィンだ。


「そうですか? なんとなく視線を感じます」

「それは私たちが可愛いからだって!」


 たしかに、衣装に身を包んだ秤たちは可愛い。

 周りからも視線が集まっている。


(俺が見られてるのは、二人と一緒に居るからだろうけど……)


 唯人にも刺すような視線が集まっていた。

 主に男性たちから。


(陰キャが美少女と一緒に居てすいません……)


 ここは『ダンジョン空港』。

 日本中の土地や海に鎮座している巨獣たち。

 その元へと探索者たちを運ぶ空港だ。


 お値段は格安。

 学生でも問題なく乗ることができる。


「まだ出発まで時間があるし、写真でも撮ろうよ!」

「写真ですか?」

「SNSに上げるから!」


 そう言って、桐華は唯人と秤の腕を掴む。

 連れて行かれたのは、発着場を見渡せる大きな窓ガラスの前。


「映えスポットってやつ?」

「そうそう、ダンジョンに行く前には、皆ここで写真を撮るんだ」


 窓の前は、カシャカシャと写真を撮っている人が多い。

 唯人たちも同じように、窓の前に並ぶ。

 桐華はスマホを取り出して、自撮りをしようとスマホを向ける。

 かしゃり。


「……なんか、表情が硬くない?」

「いつもです」

「すいません」


 唯人は撮影した写真を覗き込んだ。

 見事な笑顔をカメラに向ける桐華。

 それに対して、つんとした表情の秤と、どんよりした空気をまとっている唯人。


「なんか二人が、『映りこんじゃった人』みたいになってる……」

「私たちはまだ死んでいません」

「俺は幽霊っぽいかも」


 秤は友だちと喧嘩した人みたいだが、唯人は心霊写真の雰囲気だ。

 我ながら辛気臭くて、驚く唯人。


 不服そうな桐華が、秤のほっぺをむにむにと揉みだした。


「唯人くんは『どうしようもない』としても、秤ちゃんはもうちょっと頑張って!」

「どうしようもないほど、俺の笑顔は諦められてるの?」


 一方でほっぺを自由にされている秤。その眉間にしわが寄る。


「面白いわけでもないのに、笑えません」

「そういうこと言うー? 唯人くん、かましてあげて!」

「え、なにを?」


 桐華は唯人をびしりと指さした。


「抱腹絶倒の一発ギャグ!」

「無茶ぶりが過ぎる……!」


 陰キャが一発ギャグなんて持っているわけがない。

 そういうのはムードメーカーの特権だ。


「何事も挑戦だよ! ゴーゴー!!」

「そんな、イヌの訓練みたいにせっつかれても……」


 秤と桐華の視線が集まる。

 これは逃げられない雰囲気だ。

 焦る唯人。とっさに指で狐の形を作る。


「は、秤ちゃんは笑った顔も可愛いから、笑って欲しいワン」


 某ネズミのような裏声で、指の狐に喋らせる。

 今回は狐ではなく、イヌのイメージだが。


(う、ウケるかな?)


 唯人は秤の顔を観察する。

 ぴくぴくと秤の口角が動くと、にへらと笑った。

 悪くない感触だ。


「ズルいワン! 私にも可愛いって言うワン!」

「え⁉ 急になに!?」


 桐華は同じように指で狐を作ると、唯人の狐を襲いだした。

 口の部分で、ちょんちょんと突いてくる。


「ほらほら、大人しく言うことを聞くワン!」

「えぇ? 秤ちゃんを笑わせるって話でしょ?」

「いいから、早く言うワン!」


 このままでは話が終わらなそうだ。

 恥ずかしいが、仕方がない。

 しぶしぶ、唯人は狐の顔を桐華に向ける。


「き、桐華ちゃんも可愛いワン」


 ちょん。

 桐華は狐の口で、唯人のほっぺをつついた。


「えへへ、ありがとうワン!」


 照れたように桐華は笑った。

 その笑顔はカメラに向けていたものよりも、輝いて見えた。


 唯人は自分の狐と顔を見合わせる。


(これ、そんなにウケるものなの?)


 首をかしげる唯人だった。

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