第16話 コスプレ

(女子専用のオシャレ空間だ。これ以上進んだら死ぬ!!)


 放課後。唯人たちは、デパートにやって来ていた。

 唯人の目の前には、女性探索者向けのアパレルショップ。

 キラキラした雰囲気がまぶしい。肌が焼かれるようだ。


(日光を浴びた吸血鬼の気分だ……帰ろう……)


 くるりと唯人は方向転換。

 これは逃走ではない。転進だ。


「ほら唯人くん、逃げないの」


 しかしまわりこまれてしまった!

 桐華に腕を掴まれて逃走を阻止される。


「唯人くんの意見も聞きたいんだから、ちゃんと付いてきて?」

「いや、俺なんかの意見を聞いても……」

「唯人さん。往生際が悪いですよ」

「……はい」


 もう片方の腕も秤に掴まれてしまった。

 秤と桐華に挟まれては逃げられない。

 捕獲された宇宙人のように、唯人はアパレルショップへと連行された。


 店内に入ってしばらくして。


「じゃじゃーん! どうかな似合ってる?」


 勢いよく更衣室のカーテンが開かれた。

 中に居たのは桐華。

 白に青い線の入った、騎士っぽい服に身を包んでいる。


「はい。似合ってます」

「もぉー、唯人くんそれしか言わないじゃん!」


 桐華はすでに何着かを着替えて、唯人に披露している。

 しかし、唯人の返事は変わらない。


(変に言及するとセクハラになりそうで怖いじゃん……)


 女の子のほめ方なんて学んで来なかった唯人。

 出来る返事は無難な物だけだ。


「あの、どうでしょうか?」


 桐華が入っているすぐ隣の更衣室。

 そのカーテンがそっと開かれた。

 中には秤。

 三角帽子が目立つ魔女っ娘衣装だ。


「秤ちゃん可愛いよぉー!!」

「わ⁉ あ、ありがとうございます」


 桐華が秤に迫った。

 はしゃぎながら秤を見渡している。


「ほら、唯人くんも褒めて!」

「あっ、はい。似合ってます」

「だからほめ方がワンパターンだよ⁉」


 唯人の貧弱な語彙力による誉め言葉。

 しかし、秤はまんざらでもないらしい。

 控えめにはにかんでいた。


「あ、ありがとうございます」

「秤ちゃん、それじゃあチョロすぎるよ……」

「ちょ、チョロくなんてありません!!」


 秤と桐華は、わちゃわちゃとはしゃいでいる。

 桐華は秤の隣に並ぶと、スマホを構えた。

 自撮りをしたようだ。


「うん。並んでみても良い感じだね。これに決めちゃおうか?」

「そうですね。私も異論はありません」


 二人は更衣室に戻り、制服に着替えた。

 そして試着した服を購入。


(これで買い物は終わりかな)


 いや、まだイベントは残っていた。


「次は唯人くんの服を身に行こうか」

「え、俺も着るの!?」

「当たり前です。私たちだけコスプレみたいな服を着ていたら、おかしいじゃないですか」

(コスプレみたいな自覚はあったんだ……)


 ちなみに、コスプレみたいな衣装は探索者的には普通な方だ。

 A級やB級探索者の多くが、キャラ作りに気を使っているためだ。

 彼らは企業の広告塔としての仕事もあるため、キャラクターが大事なのだ。


 その影響を受けて、探索者全般が割と派手めな衣装を着ることが多い。

 近年ではダンジョン配信の流行りも受けて、その流れは加速している。


(俺はあんな衣装着たことないのに……)


 ちなみにS級には関係のない話だ。

 ただ、そもそもの性格がぶっ飛んでるので、独特な格好をしている人が多い。

 唯人はただのパーカー姿でダンジョンに潜っていたが。


「さぁ、行きましょう」

「ピッタリな衣装を見つけてあげるからねー」


 またしても宇宙人スタイルで引きずられる唯人。

 桐華はにやにやと笑っていた。

 ろくなことを考えていなさそうだ。


 桐華たちに連れていかれたのは、同じデパートにある男性向けのショップ。

 しかし、唯人に選択権は無い。

 そもそもオシャレな服なんて選べない。


「素材は良いんだから、ちゃんとオシャレしないとねー」

「これなんてどうでしょうか?」

「良いねぇ。こっちも合わせてみる?」


 唯人に出来るのは、直立不動で立っていることだけ。

 マネキン扱いだ。


(なんか、こっちの店の方が気まずい。周りのお客さんから睨まれてるんだけど……)


 マネキンとはいえ美少女同伴。

 唯人は順調に、他の客からのヘイトを稼いでいた。


「ねぇ唯人くん、これ着てみて欲しいんだけど」


 桐華が服装一式を持ってきたらしい。

 先ほどまで秤と見ていたのとは違うようだが。


「ほら、早く早く!」


 唯人はその服と共に、更衣室に押し込まれてしまう。

 しぶしぶ服を着替え始めた唯人なのだが。


(えぇ……? これ着るの?)


 ちょっと陰キャにはハードルの高い衣装だった。

 しかし拒否もできない。

 諦めて着替えることにした。


「着替えたけど……」

「ぷ、くふふ、唯人くん……似合ってるよ……くふ」


 桐華は笑いをこらえるのに必死だった。


「……なんで軍服なの? なんで眼帯とカツラまで付いてるの?」


 唯人はマントの付いた軍服姿。なぜか眼帯まで付いていたので、左目を隠している。

 ついでに銀髪のカツラも用意されていたので、しぶしぶ被った。


 完全に痛い人だ。

 片翼の黒い翼が生えてきそう。


(精神年齢二十台にこの格好はキツイ……)


 純粋な高校生のころなら、もうちょっと喜べた。

 しかし唯人の中身は二十台。

 黒歴史に新たな一ページが刻まれてしまった。


 桐華がいたずらが成功したように、にやにやと笑う。


「カッコいいのは本当だよ。ねぇ、秤ちゃん?」

「はい。とても素敵だと思います」

「――え?」


 桐華はふざけ半分で褒めてくる。

 やはり眼帯とかはふざけて選んだのだろう。

 一方の秤はマジな反応だった。こういうのが好みなのだろうか。


(え、もしかしてこの格好で決まる流れ?)


 唯人の背中がヒヤリと冷える。

 この格好で配信に出るのは、冗談で済まない黒歴史だ。


「ただ、眼帯とウィッグはいらないです」

「あぁ、良かった。そこの感性は普通なんだね」


 良かった。眼帯ウィッグの刑は回避できたらしい。

 軍服だけならセーフだろう。

 桐華や秤とも、どっこいどっこいだ。


「じゃあ、軍服だけ買うよ」

「あ、勝手に決めちゃったけど、お金は大丈夫?」

「うん。貯金はそこそこあるから」


 唯人は学生にしてはお金を持っている方だ。

 修行の一環で、師匠のダンジョン探索に付き合ったことが何度もある。


(本当は普通の服が良かったけど……友だちに服を選んでもらうのもリア充っぽいし、これはこれで良い思い出かも)

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