第14話 異文化

 勉強会が始まってしばらく。

 現在は秤に数学を教えてもらっている。

 文系科目は桐華。理系科目は秤の分担だ。


「あ、唯人さん。ここ間違っています。ここはこの公式を使うので――」


 秤が唯人のノートを指さす。

 距離が近い。

 ぴったりと密着するような体勢だ。


 くいくい。

 唯人と秤の服が引かれた。

 振り向くと、桐華が不満そうな顔をしていた。


「ねぇ、距離が近くない?」

「そうですか? 特別おかしくないと思うのですが」

「なんか秤ちゃんって、人との距離感が雑だよね……」

「そうでしょうか……唯人さんはどう思いますか?」


 話を振られた唯人。

 しかし、唯人はそれどころでは無かった。


「ご、ごめん。疲れたから休憩していい?」


 長らくやっていなかった勉強に、頭がパンクしそうだ。

 思わず休憩を申し出る。


「あ、すいません。気づかなくて、おやつでも食べましょうか」

「なんか、上手く流された気がする……」


 不服そうにしていた桐華。

 しかし、ピンと何かを思いついたらしい。


「そうだ。秤ちゃん、勝負しようよ!」

「勝負とは?」


 なにをするつもりなのだろうか。

 唯人と秤が首をかしげる。


「早押しクイズだよ。唯人くんに問題を出して貰って、先に五回正解したほうの勝ち」

「おお、勉強会っぽいゲームだ……!」


 唯人も目をキラキラと輝かせる。

 友だちと勉強してる感があって楽しそうだ。


「そして、勝った方は唯人くんにオヤツを食べさせてもらう。負けた方は唯人くんにオヤツを食べさせる」

「え、俺が商品になるの?」


 なぜか唯人は商品あつかい。

 どうせなら、自分もゲームに参加したかった唯人である。


「良いでしょう。実技では桐華さんに勝てませんが、座学では勝たせてもらいます」

「ふふふ、私は座学でだって負けるつもりはないよ?」


 なぜか燃える二人によって、早押しクイズ勝負が開戦された。



「イエーイ!! 私の勝ち!」

「くっ! まさか早押しの差で負けるとは……!」


 白熱した勝負を見せてくれた二人。

 最後は桐華の素早い回答によって勝負が付いた。


「さぁ唯人くん! 私にケーキを食べさせて!」

「あっ、はい」


 唯人はケーキを用意する。桐華が選んだのはモンブランだ。

 それをすくって桐華の口元まで持って行ったのだが。


「あの、口を開けてくれる?」


 むすっとしたように、桐華は口を閉じたままだ。

 これでは食べさせられない。


「唯人くん、そんなんじゃあ、私も口を開けるわけにはいかないよ」

「えぇ……? 自分で食べさせろって言ったのに……?」

「ほら、言うべき単語があるでしょ?」


 そう言われて唯人は考える。

 思い出すのは、アニメなんかで見るシチュエーション。

 言っていた単語……。


「あ、あーん?」

「良くできました! あーん」


 なぜか恥ずかしいことをやらされた。

 これは唯人への罰ゲームなんじゃないだろうか。


「ゆ、唯人さん!」


 名前を呼ばれて振り返る。

 すでに秤がケーキを差し出していた。

 顔を真っ赤にしている。


「あ、あーん!」

「いや、真似しなくても俺は口を開くよ?」

「い、いいから、早く食べてください!」


 せっつかれたので、大人しくケーキを食べておく。

 前食べたケーキよりも甘い気がした。


「じゃあ、秤ちゃんには私が食べさせてあげよう!」


 なぜか、秤には桐華が食べさせていた。

 これ、何か意味があるのだろうか。


「今さらなんだけどさ、普通に食べれば良くない?」

「えー、それじゃつまらないよ。皆やってることだって!」

「み、皆やってる……⁉(陽キャはこんなことをやっているのか!?)」


 そんな訳がない。

 桐華がてきとうに返事をしただけである。


 しかし、陰キャにとって陽キャの文化は異国の地よりも遠い存在。

 『アメリカでは当たり前の習慣だよ』なんてアメリカ人に言われたら、思わず信じてしまう。

 そんな感じで、唯人にとっては桐華だけが陽キャ文化を知れる手段なのだ。


「ほらほら、次を食べさせて?」

「は、はい」


 大人しく従うしかない唯人だった。



  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「あれ、秤ちゃんダンジョン配信見てるの?」

「はい。少しでも勉強しようと思って」


 勉強の休憩時間。

 秤は熱心にスマホを覗いていたが、どうやらダンジョン配信を見ていたらしい。


「うわぁ! 真面目だねぇ。私は勉強のつもりで見たこと無いよ……」

「私は……稼げる探索者になりたいので、少しでも頑張りたいんです」


 秤は探索者として成功したいらしい。


(勉強を教えてもらったお礼に、ダンジョン探索を手伝ってあげられないかな……)


 高校入学時点の勉強にてこずっている唯人。

 しかし元はS級探索者だ。

 ほぼ刀一本で成り上がったとは言え、探索者としての能力も付いている。

 秤に教えられることは多い。


「じゃあ、実際にダンジョンに行ってみようよ。この間、甘井さんに勝ったご褒美で探索許可が下りてたでしょ?」

(そういえば、そんな話もあったなぁ……)


 一年生たちには、まだダンジョンに入る許可は下りていない。

 しかし、桐華や秤は別だ。


 入学式に行われたA級探索者との模擬戦。

 それに勝った生徒には、ダンジョンの探索許可が下りている。

 甘井がチラッと話していた『ご褒美』の一つだ。


「そうですね。唯人さんも一緒に行けるでしょうか?」

「うーん。頼んだら何とかなりそうじゃない?」

(は、初めて仲間とのダンジョン探索……今からドキドキする)

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