第11話 天気予報

 黎明高校は一学年十二クラス。

 戦闘訓練の授業は三クラス合同で行われる。

 競技場には、約九十人の生徒が集まっていた。

 そんな大人数の中でも、ぼっちはぼっち。


 唯人は集団の端っこで教師が来るのを待っていた。


「はーい。それじゃあ始めますよぉー」


 チャイムから少し遅れてやって来たのは、おっとりとした雰囲気の女性だ。

 イメージ的には保健室の養護教員。しかし、実際には戦闘訓練の教師である。

 とても分かりづらいが、歩き方がおかしい。

 片足が義足だからだ。


 そんな彼女以上に目立つものがある。

 彼女の背後を浮かぶドラム缶のような物体。

 『あれは何だろう』と、怪訝な目を向ける生徒も多い。


 さて、教師が来たからと言って、全ての生徒が素直に言うことを聞くわけじゃない。

 大人数で集まっていれば、自分くらいは良いだろうと考える奴もいる。

 ましてや、今回が初めての実践授業だ。興奮しているのだろう。

 一部の生徒が、ぺちゃくちゃとお喋りに興じていた。


 彼らは教師に注意されてもお喋りを止めない。

 教師の優しそうな雰囲気を見て、舐めているのかもしれない。


「静かにしてくださーい……静かに……」


 ガッ!!

 教師が手を伸ばすと、ドラム缶から棒状の持ち手が伸びた。

 それを勢いよく掴むと。


 ドッッガン!!

 隕石でも落ちたのかと錯覚した。

 ドラム缶はハンマーだった。勢いよく地面を叩きつけたのだ。

 地面には大きなクレーター。

 もしも生徒が食らえば、跡形もなくはじけ飛ぶだろう。


「それじゃあ、授業を始めますねぇー」


 静まる生徒たち。教師の一言一句を逃さないように耳を立てている。

 誰だって、ミンチにはなりたくない。


「まずはぁ、生徒同士で模擬戦をしてもらいましょうかぁ。それを見ながら、良い点や悪い点をお話しましょう」


 教師は生徒たちを眺める。

 一瞬、唯人と目が合った気がした。


「最初はお手本を見せてもらいましょう。荒井さんと秋月さん。そこのステージに上がってくださぁい」


 まさかのご指名である。

 しかも対戦相手は、つい先ほど殴って来た荒井。ちょっと気まずい。

 唯人は先日も使った訓練用武器を手に取って、ステージに上がる。


 先に上がった荒井はシャドーボクシングをしていた。ウォーミングアップなのだろう。

 拳に籠手を着けている。格闘戦で戦うようだ。

 荒井は動きを止める。唯人に近づき、ぼそぼそと話した。


「さっきは見逃してやったが……次は容赦しないぜ? 恨むんなら、指名されちまった自分の不運を恨むんだな」

「ほらぁ? 線が引いてある場所まで離れてぇ」


 教師のいう通りに、ステージに引かれた白線まで離れる。

 二人の準備が終わると、始まりのホイッスルが鳴らされた。


「荒井ぃー、頑張れー!」「信也くんファイトー!」「一発KO見せてくれぇ!!」


 荒井への応援の声。

 複数のグループから応援されている。いわゆる派手めなグループが中心だ。

 一方の唯人へは応援の声は無し。

 完全なアウェー状態だ。


(勝ったら恨まれそうだ……)


 陰キャが勝っても、『しらける』だけ。

 マンガの読者が主人公を応援するように、ギャラリーは荒井を応援している。

 今後の学校生活を平穏に送るのであれば、上手く負けておくほうが良いだろう。


「オラオラァ!! 避けてばっかじゃ勝てねぇぞ!?」


 荒井のラッシュ攻撃。

 なるほど筋が良い。順当に修業を積めば、A級に届くかもしれない。

 このまま避け続けて防戦を演出。上手いところで攻撃に当たって、場外で負けておこう。

 唯人はそんなことを考えていたのだが。


「秋月さん!! 頑張ってください!」

「うわわ⁉ 秤ちゃん声が大きいよ。ゆ、唯人くん頑張ってー!」


 自分を応援してくれる奇特な人が居るらしい。

 そう思って目を向けると、そこに居たのは秤と桐華。

 彼女たちが応援してくれた。


「あ、秋月くん頑張ってー!」「がんばれー」「ウチのクラスの底力を見せてやれー」


 クラスメイトも応援してくれた。

 なんとなく熱意が無い。義理で応援してくれた感もある。

 だけど、応援してくれる人たちが居る。


(ちょっと、やる気出てきた!)


 陰キャとは単純な生き物である。

 ちょっと応援されれば、やる気がフルスロットルになる場合がある。


 ガッ!!

 唯人の刀が、荒井の腹部にヒット。

 訓練用武器が展開する斥力フィールドに弾かれて、荒井は吹っ飛んだ。

 なんとかステージ端で耐える荒井。


 しかし、彼も気づいているだろう。

 今のが真剣なら、腹を切り裂かれていた。

 荒井の額に、血管と汗がにじみ出ていた。


「テメェ……調子乗んなよ?」


 地を蹴る荒井。

 拳を振り上げて、唯人の顔面に叩きこもうとしている。


 対する唯人はゆっくりと歩き出した。

 刀に手を添えて、まるで隙だらけに見える。


(どうせなら、応援してくれてる人が喜んでくれるような勝ち方がしたいなぁ。でも、俺が派手な技出そうとするとし……そうだ!!)


 荒井の拳が唯人に迫る。

 その攻撃が当たる瞬間。

 バタリ。

 荒井が倒れた。気を失っている。


「え、荒井くん?」「あ、荒井ぃー。どうしたー?」「え、なに? 気絶?」


 ざわざわと騒ぎ始める生徒たち。

 冷静なのは教師くらいだった。


「はぁい。落ち着いてぇ。誰か、荒井さんを保健室に連れてってくれない? ちょっと休んでれば大丈夫なはずだからぁ」


 教師によって事態が収拾されていく。

 唯人は荒井に危害を加えてない。

 ただ、遠くの物を切るついでに殺気を送っただけだ。

 殺気に耐え切れずに、荒井は気絶。なんの外傷もない。


 だが、勝負の結果よりも唯人は気にしていることがあった。


(あ、あれ⁉ 誰も気づいてくれない。頑張ったのに……)


 唯人に教師が近づいて来た。

 そっと耳元でささやかれた。ちょっとドキドキする。


「秋月さん。あなたはしばらく見学ね。万が一のときに、私じゃ止められないから」

「は、はい」


 ちょっと、やりすぎただろうか。

 唯人は空を見てため息を吐いた。



 途中でアクシデントはあったものの、戦闘訓練の授業は無事に終わった。

 担当教師はタブレットで、生徒名簿を開く。唯人の情報が載っている。

 そこに注意項目を書き足していた。


「……あの子の弟子だって聞いてたから心配してたけど。やっぱり師弟は似るものなのかしら。天然で意味不明なことをしでかすあたりが、そっくりだわぁ」


 教師は空を見上げる。

 天気予報では、午後は雨のはずだった。


「まぁ、午後の天気が晴れに変わったのは嬉しいけど」


 バックリ。

 巨大な入道雲が、二つに割れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る