第9話 むかし

 教室から逃げ出した唯人。

 唯人は校舎の隅っこにある空き教室に向かった。

 そこは物置のように使われている場所。

 中には大量の机やパイプ椅子が山積みにされている。


 ちょっと埃っぽいが、その狭さが落ち着く。

 ついでに秘密基地感があって、お気に入りの場所だ。

 前回の高校生活でも、この場所を利用していた。


「結局、ここに戻ってしまうのか……」


 唯人は長机とパイプ椅子を拝借。

 そこにパンを広げた。


「あの席強奪女め。いったい俺になんの恨みが――」

「へー! こんな所があったんだね!」


 ガラガラ!

 勢いよく開かれる扉。

 そこから入って来たのは桐華だった。


「え、あ、え?」

「なんか、慌てた様子で教室から離れる唯人くんを見つけたから、追いかけてきちゃった!」


 なんで追いかけて来るんだ。

 唯人は疑問に思ったが、すぐに吹き飛んだ。


「お隣失礼しまーす!」

「うぇ!?」


 桐華はイスを用意すると、唯人の隣に設置。

 空間が狭いため、自然と肩を触れ合うような形になる。


(近くない!? これが陽キャの距離感なのか!?)


 焦る唯人。 

 一方の桐華は気にした様子もない。

 しかも、長机にお弁当を広げ始めた。


「え、神宮司さん、ここで食べるんですか?」

「うん。ダメだった?」

「いや、ダメじゃないですけど……」


 ダメじゃないが、どうしてここなんだ。

 昨日の男子二人や、秤と一緒に食べたほうが楽しいだろうに。


 唯人は不思議に思いながらも、パンに手を伸ばす。

 その様子を見た桐華は、机に広げられたパンを見て驚いた。


「『EXクリームコロネDX』買えたの!? すごいね!」

「あ、はい」


 ぴこん!

 唯人はひらめいた。それが狙いか?

 パンは食堂で貰った袋に入れられていた。袋は大量生産の安いビニール袋。中身が透けて見える。

 唯人がクリームコロネを持っていたことに気づいて、貰いに来たのかもしれない。


 唯人はコロネを差し出した。


「あの、クリームコロネ食べますか?」

「え、良いの!?」


 食いついた。やはり、コロネが目的だったらしい。

 まぁ、唯人も食べたくて買ったわけじゃない。

 教室での話題作りのため。欲しいのならばあげても構わない。


「じゃあ、かわりに私のおかずを進呈しよう」

 

 桐華は割り箸を取り出す。

 カラフルなお弁当の中から、唐揚げをつかみ取った。

 それを唯人に向けて来る。


「はい、あーん」

「え⁉ あ、あー」


 唯人が口を開けると、その中に唐揚げを放り込んだ。

 とても美味しい。

 肉は柔らかく、噛むたびにうま味が溢れて来る。

 出来立てじゃないのが悔しいくらいだ。


 少なくとも冷凍食品の類ではないだろう。

 いくら目覚ましい進歩を遂げる冷凍食品業界でも、ここまでの味を出すのは難しいはずだ。

 もしかして、彼女の手作りだろうか。それとも順当にお母さん?


「とても美味しいです。神宮司さんが作ったんですか?」

「正解! って言えたら良かったんだけどね……私は料理ってしたことがなくて。作ってくれたのはメイドさんだよ」


 答えは、まさかのメイドさん。

 そういえば、桐華の家は金持ちだったと思い出す。

 彼女は高名な探索者の孫。祖父が伝説級の探索者。両親も有名な人だったはず。

 メイドがお弁当を作ってくれると言うことは、一人暮らしではないのだろう。


「神宮司さんのご実家は探求都市にあるんですか?」


 探求都市の学校に通う学生たち。そのほとんどは親元を離れた一人暮らしだ。

 探索者向けの学校は探求都市にしかないためだ。

 しかし、親も探索者であれば話は別。

 施設が充実した探求都市に住む探索者は多い。

 なので、親が探索者であれば実家から通っている可能性が高くなる。


「……今はそうだよ」


 返事をした桐華は不満そうだった。すねた子供みたいな顔をしている。

 なにか気に障る質問だったのだろうか。

 もしかして、地雷を踏んだのか?

 不安になる唯人。


「……唯人くんってさ、子供のころ仲の良かった友だちとかいなかった?」

「えっと……?」


 ぐるんと話題が転換した。

 急カーブで慣性が凄い。

 コミュ力弱者の唯人では付いて行けないレベル。

 しかし、桐華は止まらない。

 唯人を置き去りにして突っ走る。


「女の子の幼馴染が居たんじゃないかなぁ。子供のごっこ遊びかもしれないけど、結婚の約束して、初めてのキスを貰ったような相手が居るんじゃないかなぁー?」


 桐華はにこにこと笑っている。

 だが、迫力が凄かった。

 表面的な笑みを突き抜けて、内側から怒りがにじみ出ているようだ。


(え、なんだ。今はなんの話をしてるんだ!? もしかして、俺は怒られてるのか!?)


 唯人はまったく話に付いていけなかった。

 まるで知らん宗教の講習会にでも連れていかれた気分だ。頭に?しか浮かばない。

 そもそも、だ。


「す、すいません。俺、子供ころの記憶が思い出せなくて……」

「……え?」


 唯人は、子供のころの記憶が無かった。

 正確には思い出せない。

 霧がかかったように、ぼんやりとしか浮かばない。


「……子供のころ、両親と旅行に行ったときにモンスターに襲われたんです。その時に両親は亡くなって。それよりも前のことは、いまいち思い出せなくて……」


 医者からは心因性のものだろうと言われた。

 両親を失ったときのトラウマを軽減するために、過去の思い出全てに蓋を閉じているのだと。

 だから、子供のころの話を聞かれても困ってしまう。


「……そう、だったんだ」


 桐華は目を伏せる。

 その表情は、唯人からは見えない。


「ごめんね。変なこと聞いちゃって……」

「い、いえいえ。気にしないでください。昔の話ですから」


 気まずい雰囲気の中で、二人はぎこちなく昼休みを過ごした。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 その日の夜。

 唯人がとある配信を見ていた。女性VTuberさんの配信だ。

 その配信内で、気になる相談が出てきた。


『えーと、僕は高校生の男子です。よく休憩時間になると自分の席を取られてしまいます。相手は女子なので声もかけずらいです。どうしたら、取られないようになるでしょうか』


 唯人も気になる情報だ。

 ぜひとも教えて欲しい。


『えぇー? 普通に退いてって言えばいいじゃん』

(それが出来たら苦労しないんだよ!!)


 なんて、心の中で叫ぶ。

 なお、唯人にコメントを打ち込む勇気はない。


『そもそも、その子は君のことが気になってるんじゃない?』


 ……なにを言ってるんだ?

 どうして、気になると席を奪うのか。

 唯人には意味が分からない。


『話すきっかけが欲しいから、君の席に座ってるのかもよ? 少なくとも、私だったら嫌いな人の席には座りたくないかなぁ』


 そう聞いて、唯人の胸がドキッとした。

 もしかして、桐華は自分のことを……。

 なんて考えたところで、配信のコメントが目に入った。


:※イケメンに限る

:もしかして、俺をいじめて来るあの子も……⁉

:勘違い陰キャを量産しようとするのは止めろwww

:これは陰キャへのテロ行為ですよ⁉


(あ、危なかった……勘違いするところだった……!!)


 そうして、勘違い陰キャが爆誕するのは防がれた。

 もっとも、それが勘違いかは分からないのだが。

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