第6話 即死ダンジョンだよね

(終わった。陰キャクソ野郎は何度青春をやり直してもぼっちなんだ……)


 入学式のイベントが無事に? 終わった後。

 唯人は校舎の影でいじけていた。


 校門の方を見れば、帰宅中の新入生たち。

 もうすでに友人を見つけている生徒も多い。

 『あそこに遊びに行かない?』なんて声がそこかしこから聞こえてくる。

 新しくできた友人と、さっそく交流を深めようとしているらしい。 


 一方の唯人はぼっち帰宅。

 このままお家に直行だ。


「あの、ちょっと良いですか?」


 しかし、そんな唯人に声をかける人が居た。


「あ、この間の……」


 暴走トラックのときの女子高生だ。

 彼女は甘井との戦闘で勝ち残っていた。

 その時に一緒に戦ったメンバーと遊びに行くのだろうと、唯人は思っていた。

 しかし唯人を見つけて、わざわざ声をかけに来てくれたらしい。


「同じ学校だったんですね」

「そう、ですね」


 話しかけに来てくれたのは嬉しい。

 しかし、気まずかった。

 だって、女子と何を話したらいいか分からない。


「先日は名乗れなくてすいません。私は『天野秤あまのはかり』です。よろしくお願いします」

「あ、はい。俺は秋月唯人です」


 秤は自然な動作で、唯人の隣に立った。


(え、なに!? なんでそこに立つの!?)


 唯人はプチパニックだ。

 秤が何を求めて隣に立ったのか分からない。

 どんな反応をしたらいいのだろうか。

 なんて唯人か必死に頭を回している間に、秤が口を開いてくれた。 


「秋月さん、わざと負けましたよね?」


 はい、そうです。ごめんなさい。許してください。

 そんな言葉が口から飛び出そうになったが、唯人はグッとこらえた。

 なんでそんなことをしたのか。理由を聞かれたら困ってしまう。

 

 実はタイムスリップしてて、前回は勝ったんですけど、あんまりいいことがなくて……。

 なんて答えられない。


「え、いや。そんなことは……」

「先日助けてもらったときの動きからして、秋月さんは明らかに私よりも強かった。なのに私が残って秋月さんが脱落するわけがありません。秋月さんがわざと脱落したのでなければ」

「いやいや。この間のは、本当にたまたま上手くいったというか……」


 たまたまでトラックが切れるかい!

 唯人もそう思ったが、無理筋でも言い訳を連ねるしかなかった。


「……そうですか。秋月さんがそう言うのなら、信じておきます」


 唯人の無理な言い訳を信じてくれた。

 ……わけではないだろう。

 深くは追及しない。見逃して貰えたのだ。

 

 そして、沈黙が流れた。


(……なんでまだ居るんだろう。なにか用事があるのか?)


 話は終わったのだが、秤は帰る様子がない。

 唯人と一緒に、ジッと帰宅する生徒たちを眺めている。

 人間観察が趣味だったりするのだろうか。


 唯人が気まずさを感じ始めたころ、二人に人影が近づいて来た。


「あ、秤ちゃん! ここに居たんだ!」


 せわしなく走って来たのは席強奪女――神宮寺桐華だった。

 秤を探してやって来たようだ。

 隣にいる唯人を見て、首をかしげた。

 その可愛らしい動作に、唯人はちょっとドキッとした。チョロい奴である。


「お友だちかな?」

「命の恩人です」

「おぉ?」


 『友だちです』とは答えてくれなかったのが、ちょっと残念な唯人である。

 もっとも、出会ってから日が浅い。

 友だちと呼べるような関係ではないのは確かだ。

 ……そもそも、どこから友だちと呼んでよいのか唯人には分からないが。


「トラックに轢かれそうになったところを助けてもらいました」

「おぉ!? やるじゃん!!」


 桐華は肩を使って小突いてきた。

 距離が近い。ふわっといい匂いがした。

 陰キャはすぐに勘違いするから止めて欲しい……。


「秤ちゃん見つかったんだね」

「スタブ行こうぜ!!」


 さらに人がやって来た。

 秤や桐華と戦っていた男子たち。

 さわやかイケメン系と、強気俺様系の二人だ。

 

 人口密度が上がっていく。

 人が増えるほど陰キャは呼吸が出来なくなる生態を持つ。

 あまり集まらないで……。


「……誰? そいつ?」


 俺様系が唯人を見た。

 一瞬、不機嫌そうに顔を歪めたのを唯人は見逃さなかった。

 怖い。

 なにもしないから、気にしないで欲しい。

 とりあえず気配を押し殺しておく。


「秤ちゃんの恩人だって!」

「……ふーん」


 俺様系は興味もなさそうに唯人から目をそらした。

 実際、陰キャ男子なんてどうでも良いのだろう。

 それよりも、秤のことが気になるらしい。


「秤。これから四人でスタブ行かね?」


 『スタブ』は有名なコーヒーチェーンだ。

 正式名称は『スターブックス』。『スター』という小説の主人公が、コーヒー好きだからそう名付けたらしい。

 コーヒーの他に軽食なども楽しめる。

 

 入学式が終わって、ちょうどお昼前。

 そこで食事でもしようと誘っているのだろう。


 ちなみに唯人は行ったことが無い。

 なぜなら陰キャが入れない結界が張ってあるから。あの店のおしゃれ結界に陰キャが入ると即死する。絶対に入ってはいけない即死ダンジョンだ。

 もちろん嘘である。ただ行きづらいだけ。


「……どうして、私が貴方と行くんですか? それに、呼び捨ては止めてください」


 秤の返答は、まさかのストレートパンチ。

 女の子を誘って断られた。しかも、呼び捨てを注意された。

 唯人なら血反吐を吐いて死んでいる。


 しかし、俺様系は流石だった。

 メンタルが強いらしい。

 一瞬だけイラっとした表情を見せたが、それを隠して返事をした。


「……せっかく一緒に戦ったわけだし、仲良くなりたいと思ったわけよ」

「そ、そうだよ。私も秤ちゃんと仲良くなりたいなぁ!」

「無理強いはしないけど、一緒に来てくれると嬉しいな」


 秤のストレートなお断りによって、一瞬だけ不穏な空気が流れた。

 それをごまかすように、桐華とさわやかイケメンが口をはさむ。


「仲良くなりたいから……」

「そうそう! お茶でもしながらお喋りすれば、友だちよ!」


 陽キャクイーン桐華様のありがたいお言葉だ。

 まさか、そんな簡単な方法で友だちが作れるとは思わなかった。

 めもめも。

 唯人は心のメモ帳に刻む。

 ……いや、人をお茶に誘う勇気があったら、ぼっち街道を走ってなかった。意味ないわ。

 すぐに破り捨てた。


「……分かりました」


 秤はうなずく。

 あぁ、四人でスタブに行くんだな。ようやく解放されるな。

 なんて唯人が思っていると。


 秤が唯人の方を向いた。


「では、秋月さんも一緒に行きましょう」

「………………え?」


 即死ダンジョンが迫って来た。

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