第5話 深み
(うわぁ……めっちゃ見られてる……)
無事に場外へと落ちた唯人。
しかし、ステージの上から甘井が不満そうに唯人を見ていた。
「あの、甘井さん?」
「うん? どうしたのかな。どこからでもかかってきていいよ?」
しかし、ステージに残っている生徒に話しかけられると、パッと顔を明るくして答えた。
(甘井さん、ごめんなさい!)
唯人は心中で謝りながら動き出す。
さりげなく、先に脱落していた生徒の近くに寄った。
近くに居れば、話しかけて貰えるかもしれない。
しかし、そう上手くはいかない。
唯人に話しかけてくれる人はおらず、どんどん脱落者が増えていく。
人が増えると何となく居づらくなって、人気の少ない方へと動いていく。
自然とステージから体が離れて行った。
ステージを中心に作られた脱落者たちの輪。
その一番外側で、唯人はポツンと立ち尽くしていた。
(あ、あれぇ!? いつの間に!?)
……唯人本人は気づいていないのだが、しっかりと理由があった。
唯人は思いのほか、しっかりと模擬戦を眺めていた。
生徒たちや甘井の動きを分析して、誰がどんな意図で動いているのか。
戦況を見極めようとしていたのだ。
それは探索者として活動してきた癖であり。自然とやってしまったこと。
しかし、真剣なまなざしで模擬戦を見つめている人に、気軽には話しかけづらい。
邪魔したら悪いと考えてしまうものだろう。
結果として、唯人に話しかける人は現れなかった。
「素晴らしいね! 今回は君たちに勝利を譲ろう!」
ステージの上で、甘井が拍手をした。
それに合わせて、観戦していた生徒たちも手を叩く。
ステージの上には、四人の男女が残っていた。
一人は暴走トラックの時の女子高生。
一人は席強奪女の桐華。
あと二人は男子生徒だ。顔が良いし堂々としているので、たぶんリア充。
彼女たちは四人で協力して戦い、甘井の猛攻を耐えきったのだ。
その健闘をたたえて、甘井が勝利を譲った。
「やったー! イェーイ!!」
桐華は大げさなほどに喜んでいた。
男子生徒たちとハイタッチ。
名も知らない女子高生も、困惑しながらも手を合わせていた。
美男美女の四人組。ぎこちなさもあるが、空気も悪くない。まさに理想のリア充グループ。
(あっ!? 間違えた!!)
その様子を見て、唯人は雷に打たれた。
気づいてしまったのだ。
(わざと負けるんじゃなくて、皆と協力して勝つのが正解だったのか!!)
協力して困難に立ち向かえば、自然と友情も生まれやすい。
学生たちがA級探索者に挑むというのは、まさに友情を築くかっこうのチャンス。
前回は唯人が一人で勝利したため、こんな光景は見られなかった。
だから気づいていなかった。
(ま、まぁ。あんなキラキラリア充グループに俺が入っても一瞬で滅菌されちゃうから、ぜんぜん羨ましくないし。羨ましくないし!!)
やり直し青春生活が始まって数日。
いきなり、またやり直したくなっていた唯人だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どうだ? 今年の新入生は粒ぞろいだろう?」
模擬戦が終わった後。
新入生たちが帰宅し、ガランとした競技場。
ちょび髭を生やした教頭と、甘井が話していた。
教頭は満足げに笑みを浮かべる。
「……成長が楽しみな生徒ばかりですね」
しかし、甘井はどこか浮かない顔をしていた。
自分が戦っていたステージを眺めている。
しかし、その目はもっと遠くを見つめるように、ぼんやりとしていた。
「やはり、一番期待できるのは神宮寺桐華さんかな?」
「期待……という意味ではそうでしょうね」
「どうした? 含みのある言い方じゃないか」
「期待じゃなくて、すでに完成された。僕よりも強い生徒が居ましたよ」
「……なんだって?」
甘井は教頭を見る。
その目は細かく震えていた。まるで、何かに怯えるように。
「深海に放り込まれたかと思いましたよ。彼の実力の底が見えない。どこまでも続く暗闇挑むような気分。……S級の方に出会ったときと同じ感覚でした」
甘井は冗談で言っているわけではない。
彼の眼差しがそう語っていた。
「……本気で言ってるようだな」
「こんなこと冗談で言いませんよ」
「名簿と照らし合わせて、その生徒の名前を教えて欲しい」
「分かりました」
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