第2話 ながら運転

 探求都市。

 東京近海に浮かぶメガフロートの上に作られた街は、そう呼ばれている。


 ダンジョンの研究が盛んな街であり、探索者へのサポート設備も多い。

 さらに優秀な探索者へと教育するための学校もある。

 まさに探索者のための街。

 ついでに、唯人の通っていた高校のある街。


「あ、電波塔が古いままだ。良かった……」


 そんな街を唯人は歩いていた。

 『過去に戻った』確証を得るために。

 しかし、その証拠はそこら中にあふれていた。


(歩きたばこしてる人が居る……このころは規制が緩かったんだな。あ、あの広告の芸人さんまだ生きてるのか。急病でなくなっちゃうんだよなぁ)


 懐かしさを感じるものは、意外と多かった。

 太い道路の信号を待ちながら、周囲を見渡すだけでも懐かしいものであふれている。


 唯人は確信する。

 自分は過去に戻っている。

 幻の類も考えたが、唯人は体質的に効きにくい。

 その可能性は低いと切り捨てた。


(もしかして、ダンジョンコアを破壊したのが原因か? コアを破壊して過去に戻ったような話は聞いたことないけど……)


 ダンジョンは何度も壊されてきている。

 どうして今回だけ、このような事象が起こったのかは分からない。


(まぁ、せっかく過去に戻れたんだから、青春時代を楽しむか)


 唯人は学者じゃない。

 考えても答えは出せない。

 それなら、せっかくの青春時代を楽しもうと切り替えた。


(本番は明日の入学式からだ。今日は帰ってゆっくりしようかな)


 などと考える唯人。

 信号が青に変わったので、渡ろうとする。


 ふと、小学生くらいの男の子が視界に入る。

 細い道路を挟んだ向こう側。横断歩道に男の子が元気よく飛び出した。

 なにか楽しみなことでもあるのだろうか。元気で良いことだ。

 

 などと、のんきに考えられたのは一瞬だった。


 男の子に目掛けて突っ込むように、トラックが走ってくる。

 止まる様子がない。減速もしていない。

 よく見れば運転手の顔が右下を向いている。

 片手に持ったスマホを覗き込んでいた。


 男の子もそのことに気づいた。しかし、びくりと動きを止めてしまう。

 驚いて動けなくなったのだろう。

 このままでは、ぶつかる。


「危ないです!!」


 そう叫んだのは唯人ではなかった。

 男の子のすぐ後ろを歩いていた女子が飛び出した。

 男の子を抱えて逃げ出そうとするのだが、間に合わない。

 もう目の前にトラックが迫っている。

 エンジン音が、異様なほど大きく唸った。


 カチン。

 鈴のように冷ややかな音が響く。

 喧騒の合間。一瞬の静寂を縫うように。

 

 女子高生と子供の前に、いつの間にか唯人が立っていた。


 ガガガガガ!!

 真っ二つに割れたトラックが倒れた。火花をまき散らしながら道路を滑る。

 荷台に積まれていた荷物が唯人たちに降り注ぐ。唯人は鞘を使ってひょいひょいと荷物をかき分けた。


 がしゃん。

 トラックが滑り終わる。

 しばしの沈黙。

 子供が轢かれると思ったら、トラックが真っ二つに割れた。

 その状況を誰も整理できていない。

 しかし、その沈黙はすぐに破られた。


 トラックの運転席からガタガタと音が鳴る。

 運転手が這い出てきた。

 その顔は真っ赤だ。額に血管が浮き出ている。


「テメェ!! なにしやがんだ!?」

(え、逆切れ!?)


 運転手はずんずんと迫って来た。

 唯人が何かしたと思っているらしい。

 実際に唯人がトラックを切ったのだが。

 しかし、信号無視して子供をひき殺しそうになっていた人間の態度とは思えない。

 そもそも、男の子をひきそうになっていたことさえも気づいていないのかも。


「え? いや、えっと……」

「はっきり喋れや!! バラバラになった荷物拾って弁償してくれんだろうなぁ!?」

「あ、いや。それは……」


 物理的には強い唯人。ドラゴンだって一刀両断。

 しかし、口喧嘩となるとプランクトン以下だ。食物連鎖の最下層である。


 バラバラになった荷物をどうするんだ。

 そう言われると、『確かに真っ二つに切らなくても、なんとかできたかも……』とか考えてしまう。


「ふざけたいたずらしやがって! お前――!」


 バシン‼

 鞭のように良い音が響いた。

 運転手の頬が叩かれたのだ。

 口喧嘩で勝てない唯人が実力行使に出たわけじゃない。


 女子高生の平手打ちが決まった。

 運転手の頬にはキレイな紅葉マークが浮かんでいる。


「そもそも、貴方が信号を無視して突っ込んできたんでしょう!? もう少しでこの子が死ぬところだったんですよ!?」


 女子高生は鬼の形相だ。

 眼力がスゴイ。猫のような目を吊り上げている。

 その迫力に、運転手もたじろぐ。

 しかし、諦めが悪いらしい。


「お、俺が信号無視した証拠はあんのかよ!? そのガキがいきなり飛び出してきたんだ! 俺は悪くねぇよ!!」


 探せば監視カメラくらいあるだろうに、往生際が悪いことである。

 しかし、その反抗もすぐに潰された。

 事故を遠めから眺めていた通行人が声をあげる。


「お前、運転中スマホいじってたろ!? 俺は見たからな! 警察に証言してやるよ!」

「そうよ! その子たちだって、信号が青になってから渡ってたわ!」

「ふざけた言い訳するな!!」

「恥を知れ‼」


 人通りは多くなかったが、それでも目撃者は多い。

 通行人からワーワーと非難の声が上がる。

 運転手の顔色は真っ青になっていた。ようやく諦めたのだろう。


 怒って顔を赤くしたり、絶望して青くしたり。

 信号機みたいな奴である。



 その後、運転手は意気消沈した様子で黙り込んでいた。

 唯人たちは運転手から離れて、警察の到着を待つ。


 ちょっと気まずい。


 唯人は女子高生に苦手意識を持っている。

 なぜだか分からないが、女子高生って社会的強者な気がする。

 下手に接触すると一瞬で殺されそう。社会的に。


 ついでに言うと、隣に居る女子高生は気が強そうなタイプ。

 長い黒髪。猫のような目。真っ白な肌。

 マンガのクール系ヒロインみたいだ。とてもカワイイ。

 カワイイ女子高生に、陰キャが話しかけると死ぬ。

 それが大自然のおきてだ。


 女子高生は、なにか男の子と話していた。

 話が終わると、男の子がぺこりと頭を下げてくる。


「あの、お兄ちゃん。ありがとう」

「あ、いや。どういたしまして?」


 いきなりのお礼に、唯人はどう返したら良いのか分からなかった。

 ちょっと声が上ずって、疑問形みたいになってしまった。


「ふふ。なんで焦ってるんですか?」

 

 女子高生にも笑われてしまった。

 馬鹿にしている感じではないが、ちょっと恥ずかしい。

 唯人のコミュ力の低さが透けて見えてしまった。


「私からも、ありがとうございます」

「あ。いやいや、最初に助けようとしたのは君だから……」

「それでも、助けてくれたのは貴方です」


 ふわりと。

 女子高生は優しく微笑んだ。

 ちょっと気が強そうな見た目とのギャップで、不覚にもドキリとした。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 翌日のSNSトレンドに、こんなキーワードが乗っていた。

 『イケメン男子が暴走トラックを真っ二つ!?』。

 今回の件がSNSに投稿され、その投稿をもとにネットニュースになった結果だ。


 SNS上では、こんな反応があった。


:真っ二つとか噓でしょwww

:絶対話が盛られてるwww

:噂によると高校生くらいの男子がトラックを切断したらしい。信じがたいけど、実際に切断されたトラックがあるからなぁ……

:切られたトラックの切断面がキレイすぎる。これが出来るやつは、少なくともA級の実力があるな

:有識者の反応を見るにガチっぽいな……どんな高校生なのか見てみたいわ


 存在だけは有名になった唯人。

 しかし、唯人はSNSを利用しないため、自分がトレンドに上がっていると気づくことはなかった。

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