時空超常奇譚5其ノ六. 起結空話/カミサマノイウトオリ

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚5其ノ六. 起結空話/カミサマノイウトオリ

起結空話/カミサマノイウトオリ

 天界の大宮殿に、下神げしんの騒々しい声が響き渡った。

大神たいしん様、大神様、大変で御座います』

『騒がしい、何事じゃ?』

『地球の人間達がですね、滅亡しつつあります』

『地球の人間?』

『α宇宙ラニアケア超銀河団、おとめ座銀河団天の川銀河にある恒星太陽系属の地球にいる人間で御座います』

『α宇宙か……消滅限界値はどれくらい残っておる?』

『えっと、残り450億年程で御座います』

『450億年か。それだけあれば新しい銀河も恒星も星も幾らでも生まれるであろうし生命体の進化も起こるであろう。そんな星の人間が滅亡しようと放っておけば良い。まぁ一応、宇宙を統括する者として理由だけは聞いておこう、何が原因なのじゃ?』

『人間達が自分達のDNAのリプログラミングで寿命を延ばし、老化しない、死なない身体になっているので御座います』

『何と愚かな。人間達はそれが何を意味するのか、理解しておるのか?』

『全く何も理解しておりません。大神様がお与えになった自然生態系の弱肉強食循環システムの中にいた人間達は、生態系の最上位になった途端に自らシステムから出てしまい、不老不死へと突き進んでいるので御座います』

『それは何の為じゃ?』

『人間達が言うには「不老不死で、自らが神になる」のだそうです』

『何と愚かな。弱肉強食循環システムを出るというのは、「地球生物として不要」となる事を意味しておる。しかも、人間が神になる事など出来る筈もない。結果として人間に残されるのは自滅だけじゃぞ』

 大神は人間の余りの愚行に嘆息した。

『そうですよね』

『だが、自ら選んだのならそれは仕方がない。そもそも地球の人間など滅亡したところで、この宇宙には何の影響もない。所詮は偶々たまたま地球という星の生命体進化の順番が人間だっただけの事じゃ』

『まぁ、それはそうなんですけど……』

『何じゃ、他に何かあるのか?』

『それがですね。人間達の地球の使い方が兎に角荒っぽいのです。既に環境汚染度がMAXになっている上に、人間同士の核戦争で更に汚される確率が相当高いのです。このままだと人間が滅亡するのと同時に地球の全生物が道連れにされて絶滅しそうなのです』

 下神の言葉に神の顏が俄かに曇った。

『何、それは困ったものだな。人間如きは滅亡しても次の進化でどうにでもなるが、地球が放射線塗れになるのも人間以外の生物が消え去るのも鬱陶しい、元に戻すには相応の時間が掛かるからな。どうするか……』

『本当に困ったものですね』

『うぅむ……』

 大神は寸時の思索の後、面倒臭そうに言った。

『ワシは全宇宙の未来を考えねばならぬので忙しい。地球などお前に任せるから好きなようにしなさい』

 大神は、そう言いながら足早に立ち去った。


『我は神の使いなり』

 ある日、地球上に存在する教会や神社や寺院その他あらゆる神仏への信仰を語る宗教施設に神の使いが降臨し、神聖なる御言葉を人々に告げた。神の使いは黄金色の光に包まれ荘厳に輝いている。

『宇宙を司る崇高なる神は、お前達の悪行に激怒されておられる。地球の人間達よ、即刻殺生をやめて徳を積め。お前達が殺生をやめ徳を積まぬのならば、神はその尊大なる力でお前達を滅亡させる事になるぞ』


 何の予告も脈絡もなく降って湧いたような神の使いの出現に、人々は驚愕するしかなかった。何と言っても胡散臭い予言者とは顕かに違う。意識の中枢に猛々しく語り掛けて来るその声と突然として現れた霊神的な姿に人々は疑心を抱く気力さえ失い、声もなく唯只管ひたすらに畏怖する以外にない。


 神の使いは続けた。

『お前達に一年の間の猶予を与えよう。これは神の尊い慈悲である。今正にこの時より殺生をしてはならない。万一、神の御言葉に従わず一年の間に殺生を行ったなら、お前達は確実に消え去る事になる。お前達が決して忘る事のないように、サハラ砂漠に大穴を開けておくからな』

 そう言って、神の使いは消えた。その直後、神の使いの言葉通り天空から大雷おおいかづちが落とされ、サハラ砂漠のエジプトとスーダン国境付近に直径300キロメートルの穴が開いた。その穴は、まるで2つ目のヴィクトリア湖が出現したような巨大さだった。

 世界中の人々は、神の使いの出現と砂漠に空いた地獄のような大穴に震え上がり、例外なく誰もが考えを改める以外になかった。


 一連の超常現象に仰天した世界政府は、即日の内に世界緊急協議会を開催の上で「世界食肉禁止法」を即決し即刻施行した。人々の食肉は厳しく禁止され、法に従わない者は直ちに逮捕され禁固刑となった。

 その影響は凄まじく、幾つもの世界的有名チェーン店の事業が立ち行かなくなっただけでなく、肉を材料とする企業は軒並み倒産。世界を大不況が襲ったが、どんなに社会的な影響があろうとも神の御言葉をたがえるよりはマシだ。何故なら、御言葉に沿わないというのは人類が滅亡する事を意味しているのだ。

 厳格な規制もあって人々は徐々に食肉を絶つ事に成功していった。嘘は皆無だった、どんなに偽ろうとも神に嘘は通じないのだ。だからこそ、人々がこんなにも努力して神の御言葉に沿える可能性が生まれた事を、尊い神はきっと喜んでくださるに違い。


 一年後、人々は辛く苦しい辛抱の末に肉食厳禁という神の神託を実現した。そして

人々は、再び姿を見せた神の使いに神の御言葉に沿えた事を誇らしげに告げた。

「何とか神様の御言葉に沿う事が出来ました。一年の間、誰一人として牛も豚も鶏もジビエ類に至るまで食肉はしておりません」

 褒めてくださいと言わんばかりの得意げな言葉を、神の使いは怪訝な顔で一言の下に喝破した。

『話にならんな』

 きっと神の使いは称賛するだろうと期待していた人々は、その言葉に呆然とするしかない。やっとの事で気を取り直した一人が尋ねた。

「何故、話にならぬので御座いますか?」

 苛立ち気味に顔を歪める神の使いは言った。

「崇高なる神はな、お前達人間の「殺生」に激怒されておるのだ。お前達が肉を喰らったかどうか、そんな些事を言っているのでない」

 人々は返す言葉を失った。やっとの思いで達成した食肉ゼロには極限で達成した者も多数いたし、倒産した関連企業も数知れずあった。それだけの犠牲を払ったのに、それ以上に何をどうすれば良いと言うのか、人々は当惑し途方に暮れる以外にない。

 絶望する人々に、神の使いは優しく諭した。

「お前達にもう一度だけチャンスを与えよう。今から更に一年の間、決して殺生してはならん。次のチャンスはないからな」

 そう言って、神の使いは消えた。


 狼狽し的確な具体策を見出せない世界政府は、即座に「食肉禁止法」の更なる厳格化の為、新たに一切の殺生を禁止する「食肉及び殺生一切禁止法」を決議し施行した。

 とは言え、「一切の殺生を禁止する」という事の現実的で具体的な取り組み方を知る者など、世界中どこにもいない。「一切の殺生をしない」がどういう事を意味するのか、世界政府でさえ理解不能なのだ。

 その結果、世界政府は牛豚鶏他ジビエ類を含む食肉の禁止だけではなく、哺乳類、爬虫類、鳥類、両生類、魚介類から昆虫類に至るまで、全ての生物の殺傷を禁止するしかなかった。

 世界は更なる混乱の渦に呑み込まれた。

 食肉以外の趣味嗜好からの無意味な殺生は禁止されて当然だが、「全ての殺生」となるとそれだけではない。人間の根本的生存に結び付く必須の防疫と殺生との関係における考え方と対応が追い付かない。

「全ての殺生」を言葉通りに理解するなら、猛獣や毒蛇から身を守る事も、病原体に寄生された動物による人間への防疫の為の対応さえも禁止される事になるのだ。マラリア、黄熱病、デング熱、ジカ熱等の命に関わる伝染病を媒介して年間83万人を殺す蚊も、咬まれた6万人を死に至らしめる毒蛇マムシ、ハブ、ウミヘビも、そしてトリパノソーマ症を媒介して1万人を殺す蝿さえも、例外なく殺生は禁止だ。狂犬病ウィルスを媒介し年間2万5000人を殺す犬も当然含まれる。


「殺生」を限定する事は難しい。

 鯨や海豚の殺生は許されないが牛豚鶏は許される。かつて世界の一部に存在したそんな恣意的に限定された旧態依然の考えが通用しないのは当然の事としても、限定された生物だけではなく「一切の生物の殺生を禁止する」となると、それは人間にとっては矛盾を孕んだ「イチャモン」でしかない。

 何故なら、動物の枠を超えて人間が日々の生活の中で存在を認識し難い生物である蟻や壁蝨ダニノミシラミ、病原体やウィルスまでも殺生を禁止するのは、人間の防護を自ら否定する自殺行為でもあるからだ。

 今や『人類が滅亡を免れる為には、自らの生命を犠牲にしなければならない』というこの矛盾する課題を解決する事こそ、人類にとって一刻を争う課題となった。


 そんな状況の中、新型の風邪とインフルエンザが同時に大流行した。だが、人々はその昔世界中に大流行したコロナウィルス感染症の予防対策で培った「手洗い、うがい」を励行し、世界の凡ゆる場所で除菌、殺菌がされ、ワクチンと特効薬の開発が進んだ。それらの効果により世界的なパンデミックは確実に収まりつつある。

 人々は、病原体に寄生された動物と伝染病を媒介する生物の殺処分を除き、出来る限り「殺生一切禁止法」を遵守した。「一切の殺生」を否定する神の使いであろうと、必然を以て行う防疫、防護についてまで強制する事はないだろう。それもまた神の慈悲によって許されるに違いない。

 3年後、人々は以前とは違う意味で辛く苦しい辛抱の末に神の御言葉を実現した。


 そして、神の使いが三度目の姿を見せた。人々は、緊急事態の中であるにも拘らず神の御言葉に沿って来た事を、今度も誇らしげに告げた。

「パンデミックもありましたが、人類一丸となって御神託の実現が出来ました」

 人々は継続して来た行動に誇りと自信を持っている。

 だが、神の使いは再び人々の言葉を喝破した。

『話にならぬ。徳を積めていない』

「何故で御座いま・」

 一人の反論を遮り、神の使いは言った。

『愚かな人間達よ、お前達は一体どれ程の生命を殺めれば気が済むのだ。お前達には生命の尊さが微塵もわかっていない。その身でその辛さを知るが良い』

 そう言って、神の使いは消えた。


 人間は食料として生物を喰らい、害獣駆除、害虫駆除、殺菌、その他の理由の下にあらゆる生物を無差別に殺生する。人間が歩くだけで蟻が死ぬのだ。

 そもそも、殺生する事で生きている罪深い存在の人間に「殺生するな」と言うのは、「死ね」と言っているのと何ら変わりはない。人間に徳を積む事など出来る筈がない。


 天空から地球を見下ろす下神が言い捨てた。

『地球人を揶揄からかうのはちょっと面白かったな。さて、地球人達をどうしてやろうか、滅亡させないor滅亡させる。どっちにしたところで、この宇宙には何の影響もないしな、どっちにしようかな……』

 下神は目を瞑ったまま呟いた。

『カ・ミ・サ・マ・ノ・イ・ウ・ト・オ・リ、はい決まりっと』


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