第2話 説明会

「起きろー!」

「自分の周辺で寝ている人がいたら、起こしてあげてー!」

「ほらほら、起きたら立ち上がってー」

「今からこの世界の説明をするけど全員が聞ける様になる迄、少し時間をもらうわよー!」


「な、なんだ?」


 大きな声が聞こえてきたことで、俺は目を覚ます。

 寝惚けた状態で、聞こえてくる声の内容を把握する。


 俺は立ち上がって周囲の状況を確認する。


「これは一体、どういう状況なんですか?」


 近くに紺のスーツを着たおっさんがいたので、声をかけてみた。


「あー……。俺もよく解ってないんだが。仕事してたら突然、【異世界に行きますか?】ってメッセージが目の前に浮かんでてな。疲れてて朦朧としてたし、とりあえず【はい】って返事したら、寝落ちしてな。起きたら、今の状況って感じだ」

「俺も、似た様な感じです」


 俺が見た夢と似ている。

 という事は、あれは現実だったのか?


 周囲には俺と同じ様に、何が起こったのかを確認する様にしている人達が大勢いた。


 全員が同じ体験をして此処にいる事は直ぐに解った。

 説明する様に、落ち着かせる様に、先程から聞こえている大声の内の一つがその事を教えてくれたからだ。


「貴方達は眠る前、【異世界に行きますか?】というメッセージに【はい】と答えた方達です!此処は元いた地球とは違う、異世界になります!」

「とりあえずは全員が起きる迄は説明できないので、起きた方はもう少し待っててください!」

「起きた方は周囲に寝てる方がまだいたら、起こしてあげてー!」


 俺の周囲には寝てる人は見当たらない。

 とりあえず、大人しく言われた通りに待っておく。


「此処は球場っていうか、コロシアム闘技場に似ている気がするけど。まさか、いきなり殺し合いをしてくださいって事にはならないよな」


 今いる自分の場所が何かを連想させる建物に似ていたせいで、待ってる間が少し怖い。


 起きてから十分程経った頃。

 

 俺達がいる場所より高い位置にあるステージらしき壇上には、九人の人物が登っていた。

 真ん中にいる二人だけ、手にはマイクだろうか?何か道具を握っている。


「全員起きた?」

「ああ」

「準備は?」

「大丈夫」

「じゃあ、始めるか」


 俺は壇上に近い位置にいたため、段取りをしている声が聞こえてくる。


《お待たせしました。今の状況の説明を始める前に、先ずは皆さんに謝罪とお伝えをしておきます。今は一方的な感じになってしまう事、本当に申し訳ありません。ですがこの場の皆さんは、合わせて総勢千人いらっしゃいます。今何か質問をされたとしても、対応できません。此方でアドバイザーを用意しますので個々の質問は後程、そちらの方へお願いします》


 壇上に上がっていた人達の真ん中にいた七三分けの髪型をした人物が俺達を纏める代表らしく、手に持っていた道具を口の前に持ってきて喋り始める。

 持っていた道具は声を大きくするための道具で、マイクと同じ役割を果たしていた。

 予想は当たっていた様だ。


 代表らしき七三分けの言葉を聞いても、周囲の人達からは騒ぎ立てる人は現れなかった。

 皆しっかりと話を聞いている。


 俺も含めて特に慌てる様子が無い事から、意味も解らずこの世界に転移してきた人はやっぱりいない雰囲気。

 全員異世界転移というものに理解があり、突然現れたメッセージに【はい】と答えた人達で、殆ど同じ状況を経験して此処に来ているんだろう。


 だから慌てる事なく、代表らしき七三分けの言葉を冷静に聞いている。


 現実だったのかという驚きはあるけれど、そんなのは些細な事。

 それを受け止める為の時間なら、説明が始まる迄の待っていた間に済ませてある。


 考えが逸れた気がしたので、さっき言われた言葉を思い返す。


 総勢千人もいるのか。

 多いな。

 “俺だけが転移”って特別な感じじゃないのは、少し残念だ。


 確かにそんなに人数がいるのなら、個々の質問に全部対処していくなんて事は先ず無理だろう。

 それなら大まかでもある程度説明してくれれば、疑問もある程度は解消する。


 皆、考えてる事は同じだろう。


 寧ろしっかりとお断りを入れてくれて、対策も用意してくれているんだ。

 俺が知ってる異世界転移の物語と比べたら、やはりこの転移は優しいパターンと思える。


《先程から何人かが声を上げさせてもらっていた通り。皆さんは地球から異世界に、ダンジョンワールド迷宮世界と呼ばれているこの世界に、転移しました。これは現実です。この場所で目が覚める前、【異世界に行きますか?】というメッセージに、皆さん自分自身が【はい】と選択した結果、この世界に本当に転移したんです》


 七三分けがそう言い終わると、その横。

 隣にいた髪を三つ編みにした女性が一歩、マイクを口に添えながら前に出た。


 前に出た事で二人が際立つ形になり(生徒会が似合いそうな二人だな)と思ってしまったのは、きっと俺だけではないだろう。


《では先ず皆さんに、注意事項を申し上げます》


 注意事項?

 三つ編みのその言葉に、耳をしっかり傾ける。


《この世界で転移者の方は、ダンジョンに挑む事でしか生活ができません。街で働けるのはこの世界で元々生きている方のみです》


「そうなのか?なんでだ?」


 疑問に思ったが俺は異世界転移が本当にできた今、地球にいた頃では想像の中でしかなかったダンジョンを冒険する冒険者スタイルを目指そうと考えていた。


 だからまぁ、この話は特に問題ないだろう。


 そんな俺とは違って見える範囲だけだが、何人かの人達には動揺が見られた。

 きっと異世界に冒険を求めていた側の人ではなく、スキルという特殊な能力に魅力を感じたり穏やかに過ごす事を目的として転移を決めた人達なのかも。


《何故、そんな状況なのか。それはダンジョンの攻略にはスキルが必須だからです。この世界で元々生きている方達は、スキルを殆どの人は持っていません。それなのに迷宮世界と呼ばれているこの世界の多くの資源が、ダンジョンの中にあります。けれど私達転移者は、必ず何かしらのスキルを持っている。スキルを持たない人達が街や転移者を支え、スキルを持つ人がダンジョンから資源を持ち帰る。この世界ではこうして人々の生活が成り立っている状況なんです。ですから転移者がダンジョンに挑まないとなると、スキルを持たない人達の街での仕事や立場を奪いかねません。その状況を避ける為、転移者はダンジョンに挑む事が義務付けられております》


 なるほど。

 とりあえずだけど、納得できそうな理由がちゃんとあるのか。


 三つ編みの話を聞いて先程動揺していた何人かは、「それなら……まぁ」とか「仕方ないか」と呟いている。


《かといって、いきなりダンジョンに挑むのは危険です。不安もあると思います。ニューフェース新人の方にはできるだけ準備をしてからダンジョンに挑める様。勝手ながら此方で用意した訓練カリキュラムがありますので、そちらを済ませてからダンジョンに挑んでください》


 本当にいたれりつくせりだ。

 据え膳され過ぎて、逆に何だか怪しく思えてきた。


 三つ編みがそう言い終わってマイクを口元から離すと、再び七三分けがマイクを構える。


《次に。こちらは何故か理由は判明しておりませんが、転移者は毎回日本に住んでいた方のみとなっています。そして今回の転移者である皆さんは十三期の方々となりますので、名乗る際は名前の前に【十三期の】と付けてください。これは先輩・後輩等の格付けの為ではなく、名前の被りがある事への対処です。深い意味は特にありませんので、よろしくお願いいたします》


 名前被りへの対処法か。

 ていうか以前も今も、ずっと転移者は日本に住んでいた人だけなのか。

 異世界に理解がある人が多いのが理由とか?

 わからんけど。


 俺達は十三期なのか。

 という事は、仮に毎回千人の転移者がこの世界に来ていたとして。

 ざっとした計算でも一万三千人がこの世界に転移してるって事か?

 多いな。

 多過ぎだろ。

 そんなにいたら、名前の被りがあってもおかしくない。


《住む場所に関してですが、始めは此方でご用意した部屋を割り振っていきます。そちらをどうぞ、自由に使用してください。ですが、こちらの用意した部屋の方は今後の転移者の方達にも使用していただく予定です。なるべく綺麗に使用していただく事と、いつ現れるかも解らない為に、長期間の提供はできなくなっています》


 そんなに頻繁に転移者が来るのか?


 俺達で十三期だから、あり得る話か。

 ざっくり計算で現在一万三千人も転移者がいるのかと、ただでさえ人数が多いなと思ったのに、まだ増えるのかと思うと本当に特別感が無くなってきた。


 いや、まだ転移してきたばかりだ。

 落ち込むにはまだ早い。


 地球にいた時とは違って、今の俺にはスキルという特殊な能力がある。

 元々この世界に住んでいる人達はスキルを基本的に持っていないのだから、それだけでも十分に特別な存在にあたるだろう。


 それに何のスキルが貰えたのかが解るイベントが、きっとこの後に起こるはず。

 そうすれば少なくとも、自分には何が向いているんだと、生き方の方向性が解る。

 自分の才能が解るなんて、地球にいた時には不可能だった。

 それだけでも大きなアドバンテージ。

 当たりのスキルを引いて、この世界を楽しむんだ。


「スキルも被ってるとかは、さすがにないよな……」


 ふと、そんな考えが頭を過る。


《その為、滞在には期間を設定させていただきます。それ迄に独り立ちし、街で部屋を借りるなり購入するなりしてください》


 今後の人達の事も考えるなら、それも当然か。

 説明された理由に納得する。


 それにずっと住むのなら、決められた場所よりも自分で決めた場所に住みたいだろう。


 冒険をしたい俺にしてみたらとりあえず、この世界を色々と見て周りたい。

 暫くはどこかで部屋を借りて暮らして、お金が貯まって落ち着きたいと思った時にでも、定住先を探す方向でいこうと予定しておく。


《設定した期間ですが、此方を確認してください》


 その声に合わせて七三分けの横、三つ編みが立っているのとは反対に立つ四人が大きな旗を広げる。

 そこに書いてあったのは。


【一ヶ月目 訓練】

【二ヶ月目 ダンジョン経験者同伴の実戦】

【三ヶ月目 ソロ単独若しくはパーティー仲間達による、各々でのダンジョン攻略】

【部屋代は明日から数えて二ヶ月目までは無料 三ヶ月目のみ支払い義務有り】


《こちらをご覧の通り。誠に勝手ではありますが、こちらで予定三ヶ月の期間のスケジュールを組まさせていただきました。こちらの期間が過ぎましたら、住んでいる部屋からは退去していただきます。三ヶ月目のみ、部屋代のお支払いをお願いいたします。不当な金額は請求いたしません。お約束いたします。それ以降は、ご自身の自由にして頂いてもらって構いません。代わりにこちらの期間中は拘束してしまう事になってしまいますので、この期間の間は全てにおいて出来得る限りのフォローは無条件でさせていただきます》


 【三ヶ月の拘束】と言う言葉を聞いて、少し悩む。

 【三ヶ月以内に必ず部屋を出ていくように】では、ダメなのだろうか?


 そう思った瞬間。

 七三分けから今迄の丁寧な説明とは打って変わった、怖い言葉が発せられた。


《このルールには従えない。そう言う方も、勿論いらっしゃると思います。こちらも無理強いをするつもりは全くありません。こちらの用意したものを拒否していただいても、一向に構いません。どうぞ、ご自由に。但しその場合。我々の仲間とはみなしませんので、今後一切の此方のフォロー、情報提供はないものと思ってください》


 七三分けは出口らしき方に手を翳しながら、さらに畳み掛けてくる。


《これ以降はスキルの確認等に移る事になりますので、拒否される方がいらっしゃいましたらその方への説明はここまでになります。どうぞ、そちらの出口に向かってください》


 優しい口調だが、眼が怖い。


 出ていく人は誰もいなかった。


「三ヶ月くらいなら……」

「指定された期間が終わったら、自由にして良いんだろ」

「それくらいなら」

「こっちにプラスな事ばっかだし、断る奴なんて先ずいないだろ」

「誰も出てかないって」

「次にいこうぜ、次に」


 周囲の人達が口々に声を上げる。


 俺もそう思う。


 さらに付け加えるなら、マイナス面がでか過ぎる。

 三ヶ月拘束されるだけでマイナスを避けれる上に、プラスにしかならないのだ。

 誰も出ては行かないだろう。


《では、皆さん全員。ご了承をいただけたという事で。約束を破った場合はペナルティ罰則を受けてくださいね》


 七三分けは暫く周囲を見渡して確認を取ると、雰囲気を元に戻して喋る。


《では、次に―――》


「おっ!さっき言っていた、スキルの確認か!?」


 待ってました!いよいよか!と、テンションが上がる。


《食事の配布ですが―――》


 全然違った。


《生活品の配布―――》

《装備品の配布―――》

《―――》


「まだあるのか。早く終わってくれ」


 長時間立ちっぱなしになっているので、せめて座りたい。

 そんな風に思っているのはきっと俺だけじゃないはずだ。


 待ちに待っているスキルの確認ができたのは、だいぶ後だった。

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