迷宮世界の鎮魂者

第1話 転移しますか?

「くそっ!くそっ!くそっ!」


 俺は暴言を吐きながら全力疾走で、ダンジョン迷宮の地下三層を逃げ回っていた。

 その後方。

 ボディの色が白いノーマルスライムの群れが十体程、追いかけてきている。


 いくらモンスター怪物の中で最弱の強さにランク付けされているノーマルスライムだとしても、群れで来られたら最弱では無くなってくるだろう。

 周囲を包囲されて酸の液による攻撃を一斉にされでもしたら、全てを避けるのは俺にとっては至難の技。


 そんな事を考えつつ、俺はダンジョンのセーフエリア安全地帯を目指す。


 今いる地下三層より上の二層にさえ戻れれば、殆どがセーフエリアになっている。

 二層に戻る迄は足を止める事なく駆けていく。


 ダンジョンの攻略にはスキル技能が必須。

 この世界に転移した当初、そう教えらた事を思い出す。


「やっぱり、何のスキルも持たない俺には荷が重かったんだ」


 正確に言うなら……。

 ダンジョン攻略に使えない、欠陥スキルを持った俺にはだけど。


 ◇ ◇ ◇


「家賃……。どうしようかな」


 俺は無事、地下二層のセーフエリアまで逃げ帰ってきていた。

 そこで息を整え休憩しつつ、今住んでいる賃貸部屋の支払い金が足りない事に頭を抱える。


「やっぱり、何度見ても足りないよなぁ」


 取り出した全財産を眺めながら、どうしようかと考える。


 モンスターを倒せば何かしらのアイテムや素材がドロップされる。

 ドロップしない時も勿論ある。

 手に入れたドロップ品を売り、金を手に入れて、生計を立てる。


 それがこの世界で生きる転移者の、基本的な生活手段。


 今回俺は金策の為。

 本来の狩場であったダンジョンの地下一層・二層よりも一つ下の階層、地下三層に足を踏み入れる事を決めた。


 地下三層は一層・二層と出現するモンスターに変化がなく、遭遇する確率がアップする、という情報を得たからだ。


 地下一層・二層のモンスターなら、俺でも問題なく倒せる。

 三層でモンスターの遭遇確率を上げて、ドロップ品が回収できる確率も上げて、効率をアップさせる。


 たとえ連戦になったとしても問題ない。

 そう思えるぐらいの体力なら、俺も持っている。


 準備をし、いざ!と意気込んで地下三層に実際に挑んでみると、聞いていた情報とは全然違っていた。


 実際はモンスターと遭遇する確率がアップするという話ではなく、複数で行動しているモンスターの群れと遭遇する事になると言った方が、正しかった。


 地下一層・二層の単体でいるモンスターとしかバトル戦闘していない俺にとっては、準備も心構えもなく、使えるスキルも持たず、いきなりモンスターの群れを相手にバトルするのは無理な話で。


 結果。

 いつもの狩場に逃げ戻るしかなく、ただただ時間を無意味に消費しただけだった。


《地下一層・二層しか行けない状況で、金を手っ取り早く稼ぐ方法を教えてくれだって?ハハッ。笑わせやがる。俺にナゾナゾでも仕掛けてんのか?》

《こっちは真剣に聞いています。教えてください》

《そうかい。じゃあその冗談みたいな問題に付き合って、答えてやるよ。その状況で金を少しでも早く稼ぐって言うんなら、地下三層に降りてモンスターを倒す数を増やす。そんでドロップ品の回収効率を上げるしかないだろう。バトルの数と危険は、そりゃあ増えるけどな》

《地下三層なら、一層・二層しか行けない人でも問題はないんですか?》

《んー。別に、大丈夫だろ。出現するモンスターの種類は変わらないし、数が増えるだけだからな》

《解りました。ありがとうございます》


 馬鹿にされそうな問題だから手当たり次第に本で頑張って調べたけれど、ダンジョンの地下五層より前の地下一層から四層に関しては何処にも情報が見当たらなかった。

 そんな所で躓いてる奴なんて、今迄いなかったからだろう。


 だから恥を忍んで人に聞いてみたっていうのに、何のプラスにもならなかった。


 地下三層に挑む前、アドバイザー指導役に聞いた話を思い出す。


「紛らわしい。アドバイザーなら、もっとちゃんとした言い方ってのがあるだろう」


 十分に休憩を取った俺は不満を口にしながら立ち上がる。


 こっちは転移者のみで作られたギルド組織、そこで定められたランクの中で最弱のランク1。

 使えないスキル持ち。

 スキルなんて、あってもないのと同じ。


 スキルのみでの勝負をしたら、全生物の中で世界最弱と言っても過言ではないレベル。


 モンスターの中で強さが最弱ランクのノーマルスライムでさえ、攻撃や物を溶かす事に使える【酸】のスキルを持っているのだから。


「はぁ。まあ、アドバイザーも悪気があったわけじゃないか」


 転移者は必ず何かしらのスキルを持っている。

 それが、ダンジョンばかりでできているこの世界の常識。


 ついでに言うなら。

 ダンジョンを攻略するにはスキルを持たないこの世界に元々いる住人でも、何かしらの使える魔法を習得しておけば問題なく進めるという話も常識だ。


 転移者はスキル、元々の住人は魔法。

 それを使ってダンジョンを攻略して、生きていく。


 じゃあ欠陥スキルしか持たない俺はダンジョンの攻略なんて諦めたら良いって、誰しもが思うだろう。

 俺もそう思う。


 何故諦めないのか。

 諦められないのか。


 理由はそれを許さないルール規則が、この世界にあるせいだ。


 そのルールとは、転移者は必ずダンジョンの攻略が義務付けられているというこの一点。

 これが足枷になっている。


 弱いから、戦いたくないから、怖いから、負傷して戦えなくなったからと理由は様々に、ダンジョンには行けない・行きたくないという前例は勿論あって。

 だからそういう人達は他で生計を立てようと、街で普通に働こうとするのは至極当然な流れ。

 しかしそうすると、雇用側に先ずステータス状態を確認される。

 そのせいで転移者かどうかがバレてしまう。


 結果。

 転移者の時点で、街で普通に働く事ができない。

 だから転移者はダンジョンに行くしかない。


 そんな状況であるが故に、今の俺に残されたできる事。

 それは狩場をいつもの地下一層・二層に戻し、時間の許す限りモンスターを倒すしかなかった。


「今ある手持ちの金、全部渡すから。何とか許してもらえないかな」


 支払い期限まで、残っている時間は三時間。


 ダンジョンから街に戻る迄の時間、手に入れた素材やアイテムを売りに行く迄の時間、家賃の支払いをする迄の移動時間を考えると、残りは二時間くらいだろう。


 できる限り、やれるだけ、やってみる。

 既に先月で退去しなければいけないところを一ヶ月延長してもらっているから、流石に今回は許してもらえないだろう。


「支払えなかったら、部屋を追い出されるとして。その後、どうしようか……」


 残り時間ギリギリまでは何とか頑張ろうという思いとは裏腹に、思考は路頭に迷うであろう今後について考える。


「神様の頼みを聞くどころか、自分の明日すらままならない状況になるなんてな。転移なんて、するんじゃなかった」


 漫画やアニメの様に、異世界へ転移した事で浮かれていたあの頃の自分はどこへやら。

 寝惚けていたとは言え、自分自身で決めた異世界転移。

 今はもうその事を後悔しかしていなかった。


 ◇ ◇ ◇


 自分の部屋。

 漫画を読んで、携帯で動画を見て、そろそろ寝るかと電気を消して布団に入る。


 いつも通りに寝ていると、瞼の向こうが眩しくて目が覚めた。


 目を開けると布団の中に居るはずなのに、パソコンのウィンドウ画面の様なものがある。

 そこには文章が表示されていた。


 寝惚けながら文章を読んでみる。


【貴方は異世界へ転移しますか?】

【はい/いいえ】

【転移先はダンジョンと呼ばれる迷宮が存在する、迷宮世界。スキルと呼ばれる特殊な能力が存在する世界。転移するのであれば一人一つ以上、必ず何かしらのスキルを授けましょう】


「無理やり転移するんじゃなくて、選択できるのか。優しいパターンだな」


 無理やり転移するパターンの異世界転移ではなく、選択式。

 その事に軽く感想を呟く。


「現実的に考えてこんな事起こる訳ないから、夢か。寝る前に漫画を読んだからかもな」


 そう思いながら、文章の続きを読んでみる。


【そして強くなった者には、その世界の神様の願いを伝えます。そちらを叶えていただきたいのです】


「強くなった者には伝えるって、何でだ?」


 とりあえずでも伝えておけば、願いが叶う確率がちょっとでも上がると思うんだけれど。

 本当に変な夢だ。


 さらに文章を読み進める。


【追伸・その願いが成就したあかつきには、願いを何でも叶えましょう】


「願いを何でも叶えてくれるのは魅力的な条件だな」


 再び感想を呟き、文章をもう一度思い出して考えてみる。


 俺は漫画やアニメが好きだ。

 よく触れる。

 だから冒険や幻想的な事を想像したり、魔法や特殊な力が使えたらなと、思いを馳せた事は幾度もある。

 夢みる事は幾度もある。

 転移がもし本当にできて冒険ができたなら、スキルという特殊な能力が使えるのなら、そこには夢や希望がある気がした。


 比べて、現実はどうだろうか。


 俺の生活は起きて、働いて、食べて、働いて、食べて、寝て、また働く。

 そんな毎日。

 多少の違いはあるけれど、基本的にはその繰り返し。

 昔と違って、楽しい事よりも辛い事の方が多くなっている。


 そんな暮らしが死ぬ迄繰り返されるのかと考えたら、答えは一つしかない。


 俺の口はいつの間にか、答えを出していた。


「はい」


 まあ結局、夢なんだけどね。


 明日も仕事かと気分を落としながら、俺は再び眠りにつく。


 目が覚めてそれが現実のものだと解るその時まで、俺はゆっくりと寝たのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る