24 この手紙が……? あ?!
「あの、呪術師の皆様に少しお伺いしたいのですが」
「どうぞなんでもお聞きください。夫人のおかげで様々な角度からの資料が作れる気がしますので」
「……その、では、今のアルトゥール様の状態は、良いのですか? 悪いのですか?」
「昨日までの記録ではあまり良くなかったのですが、今ので少し良い状態へと変化しました」
「どうすればもっと良くなるんです? 先程王妃殿下は一喜一憂と仰っていましたが……」
「試しにですが、ご自分が言われて嬉しくなるようなお言葉をかけてみてはいかがでしょう」
嬉しくなるような? 嬉しくなるような……?
「あっ! 波が激しくなりました!」
「こちらも降下し始めました!」
「えっ、えっ」
考えていたら、なんか悪くなってきたらしい。早急になにか言わねば。えーと、えーと、
「あっ! 紫陽花!」
私の声にか言葉にか、夫の肩が跳ねた。
「青と紫! あの青と紫の紫陽花です! あなたが庭師に言って、色々としてやってあの色を見せてくれたのでしょう? 言いそびれていましたが、とても嬉しかったのです。その時は素直にそう受け止められなかったのですけれど、あの色が見れて、私はとても嬉しかった。今なら分かります。私のために苦労してくれたのだと。私のために心を砕いてくださったのだと……!」
……えっと、夫の顔が真っ赤になっていくんだけど。
「え、すごい」
「今までにない速度……!」
「やっぱり魂と精神と肉体は強く結びついてるんですよ!」
あの? 今の言葉は正解だったんでしょうか。呪術師さんたちの言葉を聞いても、なんかうまく読み取れないんですが。
「へーえ? 紫陽花? そういえばあなた一時期、うちの庭師に色々聞いてたわね?」
あれ王家の方も関わってたの?!
「そう、へえ? 今度は紫陽花を流行らせようかしら」
「茶化さないでください……!」
クラウディア様を睨みながら、けれど椅子からは立ち上がらない夫。
「……アルトゥール様って、真面目で良い人ですよね」
私がぽつりと言った言葉に、夫は目を丸くさせた。
「あ、いえ、変な意味ではなく。お仕事もいつも真面目に取り組んでますし、まだ二十歳だというのに、周りから相応かそれ以上の評価をされているようですし。けれど傲慢な態度を取っているところなんて見たことありませんし。公爵領には行ったことはありませんが、この王都の公爵邸の使用人は皆、あなたを慕っていますし。真っ直ぐで根がお優しいのかなぁと。それに、今色々されているようですのに、ちゃんと椅子に座ったままで、立つことを許可されるまで本当にそのまま座ってるんだろうなと。真面目なお方だなぁと、思いまして」
思ったままを口にすれば、夫は奇妙な顔をした。なにか言いたげな、けれど言いたくないような。
「すみません。ご不快にさせてしまったでしょうか」
「……いや、そうでなく……」
夫は目をそらす。
チラッと呪術師さんたちを見れば、もう無言で、必死に色々としていた。ガラスのような何かを夫に向けたり、すごい速さで動かしていた手がその三倍くらいの速度で動いていたり。
「そういえば、さっきアルトゥール様も言ってましたけど、これはいつまで続くのですか?」
呪術師さんたちに声をかけるのは憚られたので、クラウディア様に聞いてみる。
「そうねぇ……じゃあ、最後に一発、どうなるかやってみましょうか」
はい?
「ベルンハルト、あの手紙、ちゃんと持ってるわよね?」
「はい。こちらに」
ベルンハルトが出してきた封筒は、いつも私が夫に送っているもの。
「は? あっ! 二人ともそれが目的か!」
夫が慌てすぎててクラウディア様に敬語を使うことを忘れている。それはそれとして、その手紙が何だというのだろう。
「奥様、中身を読んでみてくださいませんか?」
「? ええ、分かったわ」
手渡されたそれを受け取った。
私から出した手紙だから、どれも内容は頭に入っている。さて、これはいつ出したやつだろう。
「……?」
これは、夫が普通の手紙を送ってくる前に出したやつだ。私が魂のことについて書いたもの。
「……この内容が、ご不快でした?」
夫を見ると、固く口を引き結んで、顔をそらしている。
やっぱり魂について言及したのは、やり過ぎだったということだろうか。
「アルトゥール様が話したがらないようですので、僕が代わりに説明させていただきます。そもそもこの茶会の発端は、これについてなのですよ」
ベルンハルトが、また苦笑して言う。
「発端? これが?」
「ええ。あの一騒動のあと、少しぼかして説明しましたが、アルトゥール様が気落ちした原因はこれなんです。奥さまはこのお手紙で、魂のことについて触れられていましたよね」
「ええ……素人知識ですけれど……」
「それで、親しい、それも信頼している人との交流が良いらしいと本にあったとも書いていらっしゃった」
「ええ……」
「それで、その信賴している人について周りに聞けば、僕と王族の方々、とりわけ王妃殿下だと聞いたのだと。だから王妃殿下と交流は持っているのかと、書いていらっしゃいましたよね。そして、そこに、その話に、自分を含めなかった。それについて、どう思っておられます?」
ど、どう、とは。
「……知識が浅かった、という話ではないのよね?」
「そうですね」
ベルンハルトは、私が書いたそのままのことを口にした。けど、最後に、その話に自分を含めなかった、と言った。そして、それはどうしてか、と。
信頼している人との交流が、魂に良い影響を及ぼす。
私がもし、夫の立場だったとして。自分を見捨てなかった親戚を信頼するのは当たり前。長年ともにいた側近を信頼するのも当たり前。そしてなにより──
「……え、あ、え?! アルトゥール様?!」
ハッとして、夫へ顔を向ければ、
「いい。分かってる」
顔を背けたまま、諦めたように言われた。うわあ私やばいことしてた!
「あっ! 値が!」
「やばいやばいやばい」
「き、緊急措置……!」
呪術師の人たちが慌てだす。
「公爵様立ってください!」
「緊急で増幅させます! 部屋へ!」
夫は慌てもせず、そして私と目を合わせず、呪術師の人たちの言うことに従う。
「あらー、駄目だったかしらねぇ」
「駄目なんですか?! アルトゥール様死んでしまわれるのですか?!」
私は思わず立ち上がって、
「ッ……!」
足の痛みに、動きを止めてしまう。
「呪術師様方! その部屋には私も入れますか?!」
「え?!」
「いや、それは」
「その、正常な魂を持つ方だと、逆に危ないかと……」
くそっ、近くに寄れないのか!
「……では、その部屋には窓はありますか」
「一応は……ですが資料を劣化させないためにと、とても小さなものでして……」
「ちょっと! いいから早く連れてかなきゃ!」
「ことは一刻を争うから!」
「え、あ、す、すみません公爵夫人様。すぐに公爵様を連れていかなければ……失礼いたします……!」
三人に連れられ、夫は出ていった。何も言わず、クラウディア様とも、ベルンハルトとも、そしてやはり、私とも目を合わせず。
「……」
私はそのまま、床に座り込んでしまった。その拍子にまた傷が痛んだけれど、そんなのはどうでも良かった。
「……ねえ、ベルンハルト」
「はい」
「あなた、私を抱き上げられる?」
「ええ」
「アルトゥール様が案内された部屋は分かる?」
「はい。何度も訪れましたので」
「じゃあ、私をそこへ連れて行って」
「……行って、どうなさいますか?」
「無事を確かめたいの。増幅って、魂の増幅でしょう? 今、私のせいであの人の魂は崩れていっているんでしょう?」
「それなりに回復して安定していましたから、それほど大事にはならないと思いますが……それでも行きたいですか?」
「行きたい。連れてって。早く」
「畏まりました」
ベルンハルトは私を抱き上げると、
「では、申し訳ありませんが、一旦辞させていただきます」
ベルンハルトの体の向きと言葉でやっと思い出す。ここにはクラウディア様もいらっしゃったんだった。
「ええ、いいわよ。行ってらっしゃいな」
「し、失礼いたします……二度も……」
「いいのよ、そっちを優先してくれて。あなたはいい子ね」
「え?」
その意味を問う前に、開けっ放しになっていた扉から、私を抱き上げたベルンハルトは出てしまった。
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