25 ごめんなさい
「……で、どこ?」
「こちらです」
またあの大きな部屋に戻ったと思ったら、ベルンハルトは通路へ戻り、横の道に入り、突き当りにある部屋の前で止まった。
「ここ?」
「はい」
ある、と言われていた窓は本当に小さく、人の顔くらいの大きさだった。けれどちょうど、私の顔の高さにあった。
「ベルンハルト、扉に寄って」
「はい」
私に素直に従ってくれるベルンハルトは、言われた通りに扉へ寄る。その上私がそこを覗き込むことを想定して、私が落ちないようにと抱き方を少し変えて支えてくれた。
「……」
私は、少し躊躇いながらも窓の中を覗き込む。
目の前にはあの三人以外にも数人いて、仮面のような何かで目元から顎までを覆っていた。そして何か、絡繰りのようなものをいくつも動かしている。
夫はどこにいる。呪術師の人たちは向かって右を見ていた。
そちらを見ようと、なんとか首を動かして。
それを、見た。
夫は青く光る、大きな水晶のようなものの中に入っていて。……目を、閉じていて。その水晶みたいなものには水か何か入っているのか、夫はその中に浮かび、ゆらゆらと揺れていた。
目を凝らせば、夫を包む水晶には、また、様々な紋様が施されている。
「……ねえ、ベルンハルト」
「はい」
「この扉、薄い?」
「いえ、それなりの厚さがあります。ここからの音は聞こえないかと」
「……私、何も出来ない?」
「今はどうしようもありませんが……奥様。中にいる呪術師の方々の様子はどうですか?」
「様子?」
「切羽詰まってますか? 余裕がありますか?」
「……余裕、は、分からないけれど。切羽詰まってるようには見えないわ」
「では、大丈夫ですよ」
「どうしてそう言えるの」
「切羽詰まった彼らは何度も見ましたので」
そうか。そうだ。ベルンハルトは主を亡くすかもしれなかったんだ。こういう場面に何度も立ち会ったんだ。
「……ごめんなさい。冷静さを欠いてたわ」
私が窓から顔を離すと、ベルンハルトは素早く体勢を戻し、私を抱え直す。
「どこでお待ちになりますか?」
「……あなた、私を抱えてどのくらい立っていられる?」
「アルトゥール様には及びませんが、三日くらいならこのまま立っていられますよ」
「なら、ここで待つわ」
「畏まりました」
☆
「…………」
あれから、どのくらい経っただろう。
この扉、いつ開くんだろう。ずっと開かないのかな……。
ガチャリ、と音がして。
「……。……!」
扉のノブが回された音だと少ししてから気づいた。
「え、え? 公爵夫人様……?」
扉の前にいた私たちは、ぞろぞろと出てくる呪術師の人たちに困惑の表情を向けられる。
けれど、その後ろに夫はいない。
「……アルトゥール様は? 容態はどうなんでしょうか?」
ベルンハルトに抱えられたまま聞くと、呪術師の人たちは私たちがここにいる理由に見当がついたらしく、
「部屋で休まれておられますよ。幸い、回復してきていたためか魂の瓦解もすぐに治まって、殆ど元の通りです」
「部屋の中に入ってもいいですか?」
「ああ、もう、そのままでも入れます。公爵様はあちらにいらっしゃいますよ」
部屋の中に通され、水晶のあったほうを見れば。
「……!」
水晶の横に。
頭痛でもしているように顔をしかめて、額に手を当てて少し俯いて、椅子に座っている夫がいた。
その隣にも呪術師の人が一人いたけれど、構ってなんかいられない。
「ベルンハルト、下ろして」
「ですが、まだ距離が」
「下ろして」
「……畏まりました」
ベルンハルトに下ろされた私は、足の痛みなんかどうでも良くて、夫へと走って、
「アルトゥール様!」
「……え?」
衝動のままに抱きついた。
「……え? ……リリア……?」
「そうですリリアですあなたの妻のリリアです!」
ぎゅうと抱きしめてから、
「……あっ、頭が痛むんですか? 後遺症とかそういうものですか……?」
手を少し離して顔を見て、さっきの夫の様子を思い出しながら聞く。
「いえ、大丈夫ですよ。走ると息が切れるでしょう? それと似たようなものです。すぐに治まります」
隣にいた呪術師の人が説明してくれる。その言葉にホッとして、
「良かった……」
夫の頭を抱いた。
「……何が、なんだか、よく分からないんだが……?」
「奥様はあなたを心配して、そこの通路でずっと待ってたんですよ。あなたの処置が終わるのを」
こちらに近寄って、けれど少し距離を置いたベルンハルトが説明する。
「……待ってた……?」
「はい」
「…………は…………?」
抱きしめてる夫の声は困惑したもので、けれどちゃんと言わなければならないと、また腕を緩めて顔を見て。
「すみませんでした。あの手紙があなたを傷つけていたなんて、これっぽっちも思わなかったんです…………。私はあなたに信頼されていないと思っていたから……いえ、言い訳ですね……本当にすみません。私はまた、あなたを危険に晒した。その事実は消えない」
夫の首から完全に手を離し、床に座り込み、それでも夫には触れていたくて、浅ましくもその膝に、縋るように手を乗せ、けれど顔を見れなくて、俯いて。
「やっぱり私は妻として失格です。あなたを知る権利すらない。私のせいで、またあなたは魂を崩しかけた。私が馬鹿なせいで……!」
声が震えてしまう。目に涙が溜まっていく。
私には泣く権利なんて無いのに。罵倒される側なのに。なんて、浅ましく、醜い。
「……リリア」
夫が優しい声をかけてくれる。けどそれに応えるのが怖くて、私は下を向いたまま頭を振った。
「リリア」
腰を掴まれた感覚があって、
「え、わっ?!」
一瞬の浮遊感のあと、私は夫の膝の上に座らされていた。
目の前の顔は、夫は少し、苦笑していて。
「あれは私が、勝手に不幸な結末を頭の中で描いてしまっただけだ。君のせいじゃない。君の信頼を得られる夫であれなかった自分に腹は立つが、さっきのことは私が子供のようなわがままな行為をしてしまったが故だ。君に責任なんてない」
夫は、私の目に溜まった涙を優しい手付きで拭うと、私をまた抱き上げて、
「戻るか」
と、ベルンハルトへ顔を向けた。
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