22 呪術師の人たちの勢いがすごい

「あの、アルトゥール様」

「なんだ?」

「やっぱり、車椅子を借り──」

「駄目だ。君は私が運ぶ」


 きっぱり否定されるのも何度目か。今の私は、また夫に抱き抱えられた状態だ。その状態でクラウディア様の侍女を先導に、広い王城の敷地内を進むものだから、会う人会う人みんなにちょっと驚かれる。そして次には微笑ましげにされるのだ。

 もう恥ずかしくて帰りたい。けど帰れない。足を痛めたままなので、どうやっても人の手を借りなければならない。くそう。


「ここからは馬車で行くわ。少し遠いから」


 背の高い木々でその奥が暗く見える場所まで来ると、クラウディア様はそう言った。その上馬車はもう、用意されている。

 クラウディア様は最初から私達を、これから行く場所へ連れて行く予定──それも決定事項──だったらしい。

 一番立派な馬車にクラウディア様が乗り、夫と私もそれに乗るように促される。


「あの、私を抱えて馬車に乗るのは──」


 無理があるだろうから下ろしてください、と夫に言おうとして。


「このくらいなんでもない」


 と、本当に危なげなく、夫は馬車に乗った。ベルンハルトは布で包んである私の靴を持ったまま、その馬車の御者台に乗る。

 その後ろの馬車に侍女達が乗り、馬車は動き出した。


「……アルトゥール様」

「なんだ」

「流石にここは座れる場所なのですから、下ろしていただけませんか」

「やだ」


 やだて。


「……あの、殿下。殿下から──」


 不敬を承知で言いかけて。


「あら。わたくしはこの光景をずっと見ていたいから、何も問題ないわ?」


 誰も味方がいない。

 私は諦めて、夫の胸へ体を預ける。すると、夫がぴくりとそれに反応した。


「あ、すみません」


 流石に憚られる行為だったかと、体を戻そうとして。


「良い」


 夫に、抱き抱えられるだけでなく、抱きしめるような形を取られた。

 びっくりして顔を向ければ。


「……?」


 夫は顔を赤くして、私から顔をそらしていた。

 なに? なんなの? この状態の意味を聞くべき?


「リリアちゃん」

「え、あ、はい!」


 思わずクラウディア様のことを忘れかけそうになった。危ない。

 クラウディア様はにこにこしながら、「二人の空気を壊すのは気が引けるのだけれど」と、言いつつ、……って、二人の空気を壊すって何?

 まあ、そこは一旦頭から追い出すとして、続きを口にするクラウディア様の声に耳を傾けた。


「今向かっているのはね。わたくしたち王家が所有している──所有しているというというより、保護していると言ったほうが正しいのだけれど、アルトゥールの呪いを解いた、ベニーフィコウズ呪術師団の施設なの」


 呪術師集団の名前、そんなのだったんだ。


「あ、ベニーフィコウズって名前はね、昔は魔法使いのことを指していたらしいわ」

「そうなんですか……」


 で、私はなんでそこに連れて行かれてるんだろうか。


「でね、本当はあなたにそこを見てもらってから、……あ、着いたみたいね」


 馬車が止まり、扉が開かれる。そして私は当然のように夫に抱き抱えられたまま、馬車から降りる羽目になった。……降りるっていうか、降ろされる?

 着いたそこは、到着するまであまり時間もかからなかったから、王宮の敷地のどこかなんだろうけど。

 目の前には結構な大きさの、けれどあまり窓のない建物があって。その入り口に、医師のような白衣を着た、一人の女性と二人の男性が立っていた。

 そしてその三人は私たち──特に私と夫を見ると、


「ほら成功してるぅ!!」

「おっしゃあああ!!」

「情報! 情報共有を! 速やかに!」


 女性と片方の男性は雄叫びを上げ、もう一人の男性は素早い動きで建物の中へと入って行ってしまった。

 なんか、なんか、嫌な予感がする。私の想像が当たっていないことを祈る。


「さあ早くお入りください! 殿下、公爵様、公爵夫人様! あ、その他の方々も!」


 その他て。

 二人に両開きの扉を開けられ、クラウディア様は、それがごく当たり前のことのように中へ足を進め、


「……そういうことですか……」


 なにか理解したらしい夫も、ため息を吐きながらそれについて行く。

 いや、あの、私だけ置いてけぼりなんだけど。まあ、少し? 想像はついてますけど? ちょっとなんか、アレな想像が。


 ☆


 呪術師の方々の施設だという建物内に入って、外側と同じような材質で出てきているように見える通路を行くと、ある部屋に通された。

 ある部屋というか、大規模な何かの実験室のような。


「……あの、ここは……?」


 私はもう本当に意味が分からず、クラウディア様にか夫にか、尋ねずにはいられなかった。

 その上そこで何やらしているらしい、また白衣を着た人たちが、わたしたちへ顔や視線を向けてくる。それも、興味津々といったふうに。


「ここはね。主にアルトゥールの魂の解呪を行っていた場所なの」


 クラウディア様の言葉に、私は反射的に夫へと顔を向けてしまって。

 なにか言いたげに口をモゴモゴさせている夫の、初めて見るその顔に少々驚いた。


「……アルトゥール様?」

「……いや……。殿下、ここにもリリアを連れて来るおつもりだったのですか」

「そうよ。でね」


 クラウディア様はこっちに向けてにっこりと笑顔を見せてから、


「誰か、手の空いている人はいるかしら? アルトゥールのここまでの詳細について説明してほしいんだけれど」


 周りに向かって言えば、


「私が!」

「いえ自分に!」

「初期段階を詳細に語れるのは僕です!」

「安定度を記録して分析していたのは私たちです!」


 いつの間に自分のしていたらしい何かを片付けたのか、わらわらと人が集まってくる。その熱量が怖い。

 ここまでの全てを合わせて推測するに、この人たちは夫の呪いを解いた人たちだろうと思うけど……。

 なんでここに連れてこられたか、やっぱり一つ、予想を立ててしまう。立ってしまう。

 クラウディア様は、私に、夫がどうやって解呪をしたかを見せたかったのだ。

 呪術師だと思われる一人が、説明を始める。


「ええとまずですね、本当は資料を見ていただきたいのですが、専門用語や古代文字などがあるので口頭で説明させていただきますね。で、ご存知の通り、公爵様の魂には、深く呪いが刻み込まれていまして、うおっ」


 それを押しのけて別の人が出てくる。


「想像してもらうと分かりやすいかと思います。魂は目には見えませんが、実際に存在する。例えばその呪いを、体に深く差し込まれた剣やらの傷だと思ってくだされば、あっ!」

「そういう傷って、治ったと言われても痕が残るじゃありませんか。その上、公爵様の呪いは剣が刺さったままのような状態とも例えることができて、刺さった状態で剣を動かすと、ものすごく痛いと、分かりやすく説明するとそういう状態でして、あっちょっ」

「けれど少しずつその刻まれた呪いを引き抜く……剥がしていけばですね、様々な症状が出て精神や身体を苦しめてはしまいますが、確実に呪いの効果は薄くなっていく訳です。そのようなものを扱ったことがなかった我々ですが、命が下ったからには遂行する。その仕事を求められるのが我々ですから。で、公爵様の呪いは、なっ、まだ!」

「観察して実際に触れて計算してなんとか導き出した、理論上のものにはなりましたが、極力魂に負担をかけないよう解呪するには、少なくとも三年はかかると分かったんです。けれど公爵様はそれでは遅いと仰って、最短ではどれくらいっあっぶなっ!」

「かかるのかと我々に聞いてこられましてですね。公爵様のお言葉ですから、偽るわけにもいかず、正直に、ギリギリ命を落とさない、けれど一歩間違えれば全てが水泡に帰すという前置きをしてから、三ヶ月かかるだろうと、答えたんですね。そしたら公爵様はその三ヶ月での解呪をお求めになったんです。で、そこから、」

「皆、話すのを一旦やめてくれないか」


 夫の声が室内に響き、呪術師の人たちは一瞬固まったあと、素直にそれに従い、口を閉じて姿勢を正した。


「殿下。全てを聞かせる気ですか」


 夫が硬い声で言う。


「いえ、そこまでする気はないわ。あとは魂を安定させて回復に至らせるまでの説明を聞いてほしかったんだけれど」


 魂の安定。回復。


「……聞かせてください」


 呪術師の人たちに向かって言えば。


「リリア」


 夫が困ったような声を出す。


「あなたの魂は私のせいできちんと回復しなかったじゃないですか。私はその責任を負わなければなりません。聞かせてください。……お願いします」


 夫へと顔を向け、冷静な表情を作って言う。……私には、懇願をする権利などない。

 そんな私を見て、夫は苦い顔をすると、


「……分かった」


 そう言って、クラウディア様へ顔を向けた。


「殿下。私は妻の頼みを断れませんから、仰った通り、呪術師の方々からその過程の話を、妻に説明してください」

「話が纏まったようで良いけれど……あなたも同席するの? あの色んな説明をもう一度聞くの?」

「! そ、れは……」


 夫はまた苦々しい顔になって、けれどすぐ、諦めたようにため息を吐き、


「同席します……ここまで来たら同席します……」


 その上、言いながら頬を薄く染める夫のその行動の意味が分からず、何かあるのかと聞こうとして、口を開いたのだけれど。


「じゃ、こっち来てちょうだい?」


 と、クラウディア様の言葉によってそれを聞く機会は失われ、私は口を閉じた。



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