21 有象無象て

「──続けるべきだと、私は思うわ。ベルンハルト」

「リリアぁ…………」


 はい、悲壮感を出さない。まだ話は終わってないから。


「だ、……アルトゥール様。私が離婚をしたくて、こう言っている訳ではありません。私もあなたも、互いを知らない。だから、この三ヶ月で知っていきましょう。知っていくうちに、私の悪いところが見えて、アルトゥール様が私に愛想を尽かす可能性だってあるんですよ?」

「ない」


 真面目な顔で即答するな。


「……この世に『絶対ない』なんてものはないんです。三ヶ月、互いを知って、お互いに様々な面を知っていって、それでもお互い夫婦でありたいと思えたら」


 私は、夫が握ったままの自分の手を、夫の手を握り直すように持ち直し、夫の瞳を見つめて。


「その時は、ちゃんと婚姻の儀をいたしましょう?」

「…………」


 なぜ顔を赤くする。


「リリアちゃんってホント、綺麗に笑うのねぇ。この子が惚れるのも分かるわ」


 え? 私笑ってました? いつ? 今? え、さっきの言葉の時? ……えっうそ、それすっごく恥ずかしくない?!


「いっ、今のは無意識です! 無意識! 深い意味はありません!」

「あらぁ、無意識で夫に微笑むなんて、わたくしから見ればもうラブラブなんだけど?」


 追い討ちをかけないでくださいクラウディア様!


「それと、ずっと言いたかったんだけど。リリアちゃんのそのドレス、リリアちゃんの瞳の色に合わせたのよね?」

「え?」


 クラウディア様の言葉に、夫へと顔を向ければ。


「……そう、です」


 視線を斜め下に向けながら、夫が顔を赤くして答えた。

 私の瞳の色は榛。緑と黄色がかったオレンジが混ざった瞳。夫が、それを意識して、これを仕立てた?


「どうせ青のドレスも仕立ててたんでしょう? 選ばれなくて残念ね」


 その通りに、青のドレスもあった。


「けど、髪飾りとイヤリングとネックレスは青ね。良かったわね? アルトゥール」


 髪飾り。でも、造花は淡いピンクや黄色が主で──あ?!


「え、リリア?」

「……いえ、なんでも」


 思わず夫の手から片手を離して頭を持っていきかけた。……この、髪飾りの造花、花芯が全部サファイアだぁ?!

 イヤリングとネックレスはまあそうだろうなと思ってたけど! 髪飾りは見落としてた! なんだろう悔しい!


「ふふ、それとリリアちゃん」

「はい……」


 まだ何かあるんですか……?


「今、わたくしやリリアちゃんがしてる、髪の上半分を編み込む髪型。どうして流行ってるか知ってる?」

「……申し訳ありません。まだ私は、友人との私的な茶会にしか顔を出していなくて、今の社交界について疎いのです」

「あら。じゃあ言っていい? アルトゥール。それともあなたから言う?」


 ? どういうこと?


「……私から、言います」


 夫は、深く溜め息を吐いてから、少し俯き加減に話しだした。


「……君と、あの、夜の食事をした次の日に、断りきれない夜会があってな……君との約束があったから、私は一人でそこに行ったんだ。そしたら……あいつ……」


『本当に連れてきてくれなかったのね! いいわ、じゃ、その子がどういう子なのか、言える限りの全てを言いなさい!』


「……それで、その時、あの、前の晩の君の装いについて……少し言ったら……事細かく説明を要求されて……仕方なく……」

「……それと、流行と、どのような関係が」

「周りが聞いてたのよ。で、この子を狙ってるその有象無象が同じ髪型をしだしたってワケなの」


 有象無象て。というか、それ……。


「旦那様」

「名前」

「……アルトゥール様。その、私を連れてきてほしかったと言っていたのはどなたなのですか?」


 話に聞く限り、結構親しい間柄のようだけど。けど、この人は普段、呪いのせいであまり人が近付かないと聞いた気が……。


「フロレンツィアだ」


 第二王女様だぁ!


「……え? でも、呪いは……?」


 フロレンツィア様には婚約者がいるけど、そしてそのお二人の仲は良いらしいけど、この呪いはそんなこと関係なく、愛してしまった者を死の危険に晒す呪いのはず。


「あいつはいとこで友人で、そういう対象じゃない。ない。あいつはない」


 夫は私が離したことで空いた手を額に当て、げっそりとした声で言った。


「本人に言ってあげましょうか?」

「やめてください」


 クラウディア様と夫とのやり取りでハッとする。そうじゃん! フロレンツィア様はクラウディア様の娘だよ?! あんなこと言って大丈夫なの?! いや夫もその血縁だけども!


「殿下、そろそろ」

「あら、もう?」


 侍女の一人が、何事もなかったかのようにクラウディア様へ近寄り、茶会の終わりを告げてくる。

 そしたらクラウディア様は、侍女からまたこっちに顔を向け直して、ニッコリと笑みを作った。

 ……なんか、嫌な予感がする。


「リリアちゃん。このあと何か予定はあるかしら?」

「……ありません……」


 本当にないので、あれば良かったのにと思ってしまった。


「それなら、見てほしい所があるのだけれど」

「見てほしい所……?」


 なんだろう……怖い場所じゃないといいな……。



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