20 結論を出す材料すら、
「……つまり、気落ちしたままの旦那様をこのままにしておくのは流石に危ないと。ベルンハルトはそう判断して、殿下にご相談した、結果が、これだ、と?」
「ええ、その通り」
顔をひくつかせないようにしながらの私の問いに、クラウディア様は輝かしい笑顔で応えてくれる。
「……それで、何をどう相談したらこうなるんです……?」
「んー、わたくしはリリアちゃんの本音を聞きたかったし、この子が何をしていたかも知ってほしかった。で、この子については」
クラウディア様は夫へ視線を移すと、
「ベルンハルトに言いくるめてもらって、あそこに隠れているように指示を出したの」
あそこ、とは、あの丸くて低い生け垣のことだろう。
「……でも、どうしてそんな……ことを……?」
「この子、臆病で生真面目で恋愛ごとにはさっぱりだから、直にあなたの言葉を聞いてもらうのが早いと思ったの。騙すような形なっちゃってごめんなさいね」
「い、いいえ。そんな」
私が王族の謝罪に恐縮していると、
「……リリアから、あなたからの茶会の誘いがあっと連絡をもらった時から、何かあるのではないかと思ってましたが……」
夫はテーブルに肘をつき、その手で額を覆い、項垂れたような様子で、低く呟く。
「リリア」
「え、はい」
「今日、いつものように仕事をしていたらな、ベルンハルトが急に、君に対する大事な事柄がこれからあると言ってきて、私を半強制的にあの生け垣へ連れてきたんだ。その上、そこに隠れろと」
夫は溜め息を吐いて、
「そしたら、ここに──目の前の四阿には、殿下が居て。少しして、こちらにやってくる君の姿が見えた」
まじで、最初から、いた。
「そして、ベルンハルトに声を出すなと言われ、君と殿下の話し声が聞こえてきた。色々と推測は立てていたが、どうしてここまで回りくどいことをするのか分からなくて、私はそのまま君と殿下の話を聞いていた。……盗み聞きをして、すまない」
「いえ、まあ、今はいいです、それは」
それより。
「……話の内容は、聞こえていたんですか……?」
「聞こえていた」
「はっきりと……?」
「結構はっきりと」
「……そうですか」
また、逃げ出したいんだけど、どうしよう。
「それで、君が、……私に自分は相応しくないと言うから」
「アルトゥール様が生け垣から飛び出しかけまして、自分はそれを止めるために縄で縛り上げて猿轡を噛ませました」
ベルンハルトの説明に、
「お前、縄や猿轡なんてどこに隠していた……?」
「言うと今度から隠せなくなるので、言いません」
なんなんだこの主従。
「で、それでも動こうとするアルトゥール様を押さえつけながら話の続きを聞いていたんですが……」
ベルンハルトは呆れた顔を夫に向け、
「ブチブチと、音が聞こえましてね。そのまま縄を千切られ、猿轡も千切り取られ、アルトゥール様が叫びながら走り出そうとするものですから」
「咄嗟に、ベルトを、掴んだ、と……?」
「その通りです、奥様。いやもう、見た目の体格は細身のくせに、あの馬鹿力はどこから来るんでしょうね」
その馬鹿力を止めたあなたのことも、色々気になるんだけど?
「で、あなたはリリアちゃんを追いかけていって、それで追いついたからこうなってるんでしょうけど、二人で何の話をしたの? 何もしてないことはないでしょう?」
クラウディア様がニコニコと聞いてくる。……この笑顔が、だんだん悪魔の笑みに見えてきた。
「……ハァ……」
夫は溜め息を吐き、王妃の前だというのに腕を組んで、
「私の妻はリリアだけだと言いました。他の者を選ぶことなど有り得ないと」
ちょ、本当に話す気?
「ふぅん? で?」
「そしたら、どうして今まで、あなたが詳細に話した解呪についての危険性を、自分には話してくれなかったのかと聞かれました。私はそれを、リリア、彼女に話したら、今のように自分に心を傾けてしまうからだと言いました」
「要するに?」
「……分かって聞いているでしょう。リリアに話すのは卑怯な行為だから、話さなかったのです。彼女は優しい。人に対して思いやりを持ってしまう。危険から守るためとはいえ、三ヶ月も彼女を放置した罪が私にはあります。傷ついた彼女はそれなのに、そんなことをした自分に猶予を与えてくれました。その上、顔も見たくないだろう私への、心配までしてくれた」
「それ、ハグとキスの話?」
掘り返さないでクラウディア様!
「…………そうです…………」
素直に肯定するな! そして顔を赤くするな!
「じゃあ、今度はリリアちゃんに聞きたいんだけれど」
ヒィッ!
「今のあなたは冷静? それともいっぺんに色んなことが起きて、頭の中はパニックのままかしら」
あれ、意外に普通の質問が来た。
「……それなりに、冷静かと思います」
「そう、なら良かった。そしたら、この子について、あなたはどう思ってるか聞いても良いかしら?」
「どう、思ってるか……?」
「ええ。正直に答えてくれて構わないわ。不敬だとかなんだとか考えずに、そのままを教えてほしいの。……ゆっくりでいいから」
クラウディア様は優しい顔と声で、私の緊張を和らげるように、そう言ってくれた。
「……」
夫を、どう、思っているか。私の今の、そのままを。
ちらりと隣を振り向けば、いつの間にか夫は私から顔を背けていて、ピクリとも動かない。……どうしてこっちを見てくれないんだろう。私とあなたの話をしてるのに。私が、あなたをどう思っているかの話なのに。
「……」
やっぱり、私は──
「……?」
と、ベルンハルトが夫の顔の高さまで腰を落とし、夫になにか囁いた。そしたら夫がものすごい勢いでこちらへと振り向き、なんだか情けない顔で「いや、違うんだ!」とか言いながら、両手を振りだした。
「君を傷つけるつもりは全くなくて! すまない!」
私が夫の態度の変わりようにびっくりしていると、
「君が何を言うか怖くて!」
……はあ……?
「耳を塞ぐのは流石にあれだろう? だから、何を言われても平静を保てるようにと……! 誤解しないでほしい君の話をどうでもいいとか思ってるわけじゃないんだ! むしろすっごい気にしてる! 気になってる!」
「はぁ……そうでしたか……」
いや、そりゃあの態度は気になったけど。ここまで言われると、その上焦りと悲壮感まで背負われながら言われると、どう反応すればいいか迷う。
「アルトゥール。言いたいことが終わったなら、少し黙っていてね」
「っ……はい…………」
夫はクラウディア様の言葉に素直に従い、顔を前に向けた。けど、
「……」
こっちをチラチラ見てくる。それはそれで気になるんだけど。
……まあ、しょうがない。
私はクラウディア様に向き直り、口を開く。
「……アルトゥール様は、私のことを、今のように『優しい』と言ってくださいました。……この人の想いに応えていない私を。愛しているなど一言も言ったことがない私を。……正直、まだ、アルトゥール様のことをお慕いしているのかどうか、自分の中で結論が出せません。アルトゥール様のお人柄を知ろうともしなかった私は、結論を出す材料すら持っていない。自分がこの方に見合うかどうか、分からないんです。……これが、私の答えです」
「そう。教えてくれてありがとうリリアちゃん」
クラウディア様は優しく微笑んでくださったあと、
「アルトゥール、動いてもいいわよ」
「え?」
「リリア!」
「うわっ!」
夫が椅子を蹴倒す勢いで、私に抱きついてきた。
「っな、きゅ、急に何を……?! 王妃殿下の前ですよ?!」
「大丈夫。ぜーんぜん気にしてないわ」
クラウディア様はそう言うと、オーツスナップを手に取り食べ始めた。
ま、まじで気にしてない……だと……?!
「どうぞ続けて?」
何を続けろと?! この状態を?!
「っ、だ、旦那様、とにかく一旦離れてください!」
ちょ、ホント、今抱きつかれると、爆発する! 何かが爆発する!
「聞いてます?! 旦那様?!」
「嫌だ」
はあ?!
「名前で呼んでくれないと離さない」
どういう意味か分かんないけど、名前で呼べばいいのね?!
「アルトゥール様! これでいいですか?!」
「……うん」
夫は、抱きつくのはやめてくれたけど、私の両手を握って椅子に座り直した。
今度は何?
「……リリアが、初めて、私を名前で呼んでくれた。それも、今のを合わせて五回も」
数えてたんかい! すっごく嬉しそうな顔をしないでくれます?! ムズムズする!
「旦那様、私の──」
「名前で呼んでほしい」
「……。アルトゥール様。私の話を聞いてましたか? 私の中ではまだ、結論を出すに至るまでの材料すら持っていないと」
「これから知ってくれれば良い。私だって君のことを知りたい」
夫が本当に嬉しそうに、加えて安心したように言う。どこに安心要素がありました?
「なら、離婚するかどうかの三ヶ月の話はどういたします?」
ベルンハルトの言葉に、夫が固まった。
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