番外編:双子の吸血鬼

憧れの先輩だと思っていたのに...


 紅音の通う中学校——私立如月きさらぎ学園には、全女子生徒憧れの王子様が居る。

 名は夜永よながハルト。彼は指触りの良さそうなふわふわの金髪に、快晴の空を映したような澄んだ碧の瞳。そして、甘い声と爽やかなルックスも相まってまさに御伽話の王子様という風貌ふうぼうだ。噂によると彼はやんごとなき家柄の出身で、その血筋はさかのぼるととある国の王族に行きつくのだとか。

 更には運動神経抜群。県内でも強豪と言われるバスケットボール部のエースでもあり、プロチームからも目をかけられ将来を期待されているという完璧振りだ。

 しかし、彼はそれを決して鼻にかける事なく誰にでも分け隔て無く接する事も人気の一因だろう。



 ハルトについて友人と話に花を咲かせた帰り道、事件は起こった。


「——え!?」


 紅音は思わず声を上げる。

 友人と別れ、陽が落ちたためにコウモリの姿から人型へとルカが戻った矢先。今まさに話題に上っていた夜永ハルトに似た人物がこちらに向かって走って来る。


 断言出来なかったのは、その男がもの凄い形相をし、右手で拳を作ってそれを固く握りながら奇声のようなものを上げていたためだ。紅音たちが憧れている王子はいつもにこやかな笑顔を浮かべており暴力とは無縁である。


 ——きっと他人の空似だ。そう思っては見るものの、距離が近付くにつれて受け入れ難い現実を目の当たりにする事になる。



「死ねえェェ⋯⋯! クソ兄貴ッ!!!!」


 そんな声とともに、ビュンと風を切る勢いで不審な男は腕を振りかぶる。


「おっと」


 ルカは突然の襲撃にも顔色ひとつ変えることなく、身軽にかわしていく。紅音はそんな光景を目で追うのがやっとだった。

 そんな中でも攻撃の手は休まること無く、息つく暇も無いほどであった。


(やっぱり⋯⋯ハルト先輩だ)


 柔らかそうな金髪と碧の瞳に、鬼のような形相を浮かべていても分かるほどの整った顔立ち。それに、制服は紅音の通う如月学園のものだ。

 雰囲気は異なるがどこからどう見てもご本人様である。


「まあたお前か。そろそろ兄離れしたらどう?」

「うるっせえ!! 避けんな、老害はとっととくたばれっ!」


 普段の王子様は何処へやら、今の姿はまるで最後の悪あがきとばかりに暴れる手負の猛獣のようだった。



✳︎



 夕焼けを背に続く攻防は、ハルトの体力切れにより幕を閉じた。


 息一つ乱さず鼻歌を口ずさむルカに対し、膝に手をついて肩で息をしているハルト。彼は歯を食いしばり悔しそうに拳を握り締めていた。


「その様子だと、まだ人間の血が苦手だとか言ってるのか」

「⋯⋯! お前には関係ないだろっ」


 ハルトはルカの言葉に噛み付かんばかりの勢いだ。打てば響く反応を返すハルトを前にいたずらっ子のような笑みを浮かべるルカは意気揚々と口を開く。


「柔い肌に牙を立てて、その中を巡る血管を突き破る。傷口からとろりと流れ出る熱い血をすすれば、渇いた喉を潤し腹を満たしてくれる。⋯⋯その悦びを知らないだなんて、お前はまだまだお子様だなあ」

「ッ! うるっせえ!!」


 揶揄からかわれたハルトは真っ赤な顔をして声を荒げる。

 するとその時、ハルトを遠巻きに見つめていた紅音と目が合ってしまった。


「⋯⋯っ!」


 ハッと息を呑み目を見開くハルト。

 しかし、すぐに乱れた髪と制服を整えてにっこりと笑うと声をかけて来た。紅音は心の中でこのハルトを王子様モードと呼ぼうと決めたのだった。


「やあ、聖園さん⋯⋯だったかな? こんなところで会うなんて奇遇だね」

「ええっと⋯⋯」


 どう答えれば角が立たないだろうか。もしも、この男の逆鱗げきりんに触れてしまったら——。

 そんな考えが頭の中を駆け巡り紅音が返答に迷っていると、いつの間にか隣にやって来たルカが助け舟を出してくれた。


「今更取り繕うのは止めたら? アカネちゃんはお前の本性なんてとっくに知っちゃったんだからさ」


 ヒクリとハルトの口角が痙攣けいれんしたのが見えた。

 しかし、好奇心には抗えなかった紅音はルカに先刻からの疑問を打つけることにした。


「る、ルカ! ねえ、さっき兄貴って言ってたけど、もしかして——」

「うん。おれの弟だよ」


 なんて事ないように言うルカ。2人の会話の内容から薄々察していたものの、言葉にされるとやはり相当な衝撃を受ける。


「って事は吸血鬼!?」

「もちろん」

「⋯⋯⋯⋯」


 紅音とルカが会話を繰り広げている間、ハルトといえば腕を組み不機嫌な顔でそっぽを向いているばかりだった。


「先輩も人の血を吸うってこと?」


 紅音は恐る恐るルカに尋ねる。しかし、彼はふるふると首を横に振った。


「こいつは吸わないよ。⋯⋯というか、吸えない」

「そ、それって大丈夫なの?」

「うん。おれたちは飢えで死ぬ事は無い。でも、終わりの見えない渇きは死ぬほど苦しいんだ」


 ルカも覚えがあるのか、苦悶くもんの表情を浮かべながら言った。


「こいつは人間の血の代替だいたい品として薔薇の花から生気を吸っているんだ。アカネちゃんも吸血鬼が薔薇の花を好むって話を聴いたことくらいはあるんじゃない?」

「あるような無いような⋯⋯? でも薔薇の花が主食なんて何だか可愛らしいよね」


 そう言いながらちらりとハルトの顔を見る。

 憧れの王子様を失ったショックは少なからずあったが、猛獣のようなハルトが薔薇の花を咥えている光景を想像してしまい思わずクスリとらす。



「うっ⋯⋯うるっせえぇ! お前ら、覚えてろよっ!!」


 紅音の笑い声が聞こえていたのだろう。怒りで顔を染めたハルトはビシッと紅音に向かって指を立てる。

 ズタズタにプライドを踏みにじられたハルトは涙目で紅音とルカに背を向けて走り去ったのだった。





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