彼女たち 追悼
あんらん。
追悼
彼女と出会ったのは三十年も前のこと。職場の福祉施設だった。
先に介護職として三年ほど勤務していたあるとき、施設で入所者向けの音楽活動を組むことになり、ピアノ講師をしていたという彼女を施設長が職員として採用した。
早速彼女を中心に活動がスタートした。
それは入所者の単なるレクレーションとしてではなく人前で演奏することを目的としたものだった。
丁寧な彼女の指導の下すぐに地元のイベントに出場するまでになった。
キーボード、ドラム、パーカッション、ギター、歌も入って十人ほどのバンドだ。
こんな機会が得られるとはそれまで誰も思っていなかった。
創作活動として絵画、手芸などで自己表現することはあっても、大勢の前で演奏を披露するなどということがわたしたちの福祉施設にはなかったのだ。
劇的にみんなが生き生きとし始めた。
淡々と一日を過ごしていた人々が次のイベントを目標に大いに盛り上がっていた。
自己を表現する欲求と達成感は誰にとっても存在するのだ。たとえ知的な発達障害を負っていたとしても。たとえ高齢になっていても。
彼女は熱心だった。二人の子どもを育てながら、実家の両親もサポートしながら。
そうひとりで何年も熱心に取り組んでいたのだ。母として、娘として、職員として、音楽講師として。
一度だけ一緒にお酒を飲みカラオケに行く機会があった。
しばらくして職場を辞め遠くに引っ越したわたしは彼女とそれ以来会うこともなかった。
三年前彼女は亡くなっていた。
亡くなっていたことをわたしは知らなかった。
成人し芸術活動をされている息子さんのSNSをたまたま見て知ったのだ。
珍しい苗字だったから気になった。もしかしてと覗いてみたのだ。
衝撃を受けた。彼は母親の死を淡々と語っていた。
画面の文面を読みながらいつしかわたしは号泣していた。
自ら死を選んだのだという。
亡くなる何年か前から実家の両親の介護も加わったが、老人施設などの手配も済み、子育ても終わった後のことでやっとこれから自分の人生を楽しめる時期だったという。
自ら死を選んだ理由は分からない。長い間苦しんでいたのか、突発的なことだったのか。それは誰にも分からない。
カラオケで竹内まりあを歌うわたしに「私は広瀬香美の方が好き」といって彼女が歌ってくれたのは『ロマンスの神様』。十八番だったらしい。
大学時代知り合いとバンドを組んでヤマハのポプコンにも出場したのだとはにかみながら教えてくれたのもそのときだった。
引っ越したとき一度だけ電話をくれた。心配してくれたらしい。
あの時の声を思い出す。
忙しく暮らしているのだと思っていた。
今でも様々なことに熱心に取り組んでいるのだと思っていたのだ。
わたしは彼女が好きだった。
お互いの生活に立ち入った話は避けていたけど、お互いが抱えているものに気付いていた。
慰め合うなんてしなかった。愚痴を言い合うこともなかった。
わたしは彼女が好きだったよ。彼女の凛とした後ろ姿が。
彼女たち 追悼 あんらん。 @my06090327
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