第1話 異世界
「うっ、ああ……うっ……」
視界が少し明るくなった。まだ身体は痛むが、かなりマシになってきた。とはいえ、まだ身体に力が入らない。
それからしばらくしてようやく身体が動き、視界も晴れた。ほんの少し痺れるが、大丈夫だろう。
動けるようになった俺が辺りを見渡すと違和感だらけだった。
目の前にいたはずのお地蔵様の姿形はなく、ただただ広い草原が広がっていた。
時折吹く風は海の香りではなく、草木の香りであった。
ここはいったいどこなのか、俺はなぜここにいるのか、疑問が頭の中を駆け巡るが明確な答えには至らなかった。
もしかすると、ここがあの世なのでは、と思ったが、しっくりと来なかった。足はあるし、痛みも感じるし──、いや、痛みは夢の例えになるのか。まあ、俺自身がまだ死を望んでいないだけかもしれないが。
ふと、丘の方を見るとポツンと建物が見えた。家なのか何なのかはわからないが、とにかく何かがある。
ここにいても埒が明かないと思った俺はそこを目指すことにした。
……どれくらい歩いただろうか?何だか2時間近く経った気がする。持っていたスマホは電源が切れており、立ち上がらない。
しかし、不思議と疲れは感じない。それどころか何とかなるだろう、という楽観的な気持ちで溢れていた。
おもしろいな、人間どうにかなると何でもできる気がするものだ。
それから更に歩き続けるとようやく建物が見えてきた。家?というよりは山小屋のような建物だった。おまけに表札もベルもない。
仕方がないから俺はドアをノックした。
ドン、ドン──。
「ごめんください、誰かいらっしゃいますか?」
ドン、ドン──。
「すいません、誰かいらっしゃいませんか?」
反応はなかった。返事も何も返ってこない、俺の声とノックの音だけが響く。
いや、あれか、セールスお断りとかあるから家主は嫌がって出ないだけかもしれない。
仕方がないので俺はその場を去ろうとしたのだが、そのとき急にドアが開いたのであった。
「あっ、すいません、開けていただいて……って誰もいない?」
ドアの向こう側には誰もいなかった。一人分のテーブルとイス、小さな台所、ベッドがあるシンプルなスペースであり、窓からは外の光が差し込んでいた。
「あの〜、誰かいらっしゃいますか〜」
俺が気のない声で話しかけても誰も返してはくれない。そりゃあ、いないんだからしょうがないんだけど。
なんだか気味が悪くてなってきて外に出ようしたとき、テーブルの上に何か書かれているメモ紙を見つけた。
「んっ?なんだ、『スローライフ、はじめてください』……いや、なんだこれ?」
スローライフはじめろとか意味不明すぎるし、なんだかよくわからんぞ、これ。……いや、もしかして、俺が『再就職が無理ならどうか自給自足できるようなスローライフを送りたいです』なんてことを願ったからなのか?確かに俺はそれを望んだけど、だからといって──。
その瞬間、メモ紙に何かが書き出された。
「うお!?なんだ!?」
追記された文章にはこう書かれていた。
『戻ることを諦めてがんばりましょう、異世界で快適なスローライフと自給自足をあなたにプレゼント。さあ、はじめてください』
「ははっ、マジかよ……」
俺はメモ紙に促されるように新生活を余儀なくされた。
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