異世界で初心者が細々と暮らすお話

エスコーン

プロローグ

 挫折した。

 俺こと野川武ノガワ タケシは人生が終わったように思っていた。


 俺には学歴がない。高卒で仕出弁当屋に就職したらそれはそれはブラックであり、実家の母の容態が悪かったことを理由に半年で退職してしまった。母は退職した1ヶ月後に他界した。


 母が他界したあと、実家では漁業を営む父と暮らしていたが家計が苦しく、漁業の稼ぎどきは手伝い、それ以降は期間工の出稼ぎをしていた。


 20代半ば頃、実家の家計がようやく明るくなり、もっと稼ごうと思った俺は1年以上期間工を続けた。このときは身体が痛くてつらかったけど、まとまった収入が入った。退職後の任意継続保険と住民税でめちゃくちゃ引かれても何とか乗り越えられた。


 その後、職業訓練校に通って専門的分野を学んだ。ビル管理の学科だったが、大変勉強になった。卒所前には内定をいただいた、正社員登用なしの契約社員だったが。


 しかし、実家から勤務地まで通勤するにもマイカーがないものだからバスである。片道850円×20日の往復、高い。おまけに交通費にも上限がある。

 車を買えよ、と思うかもしれない。本当にそうだ、このときに中古車でも買っておいた方が後々のためになったと後悔している。


 ただ、俺が選択したのは一人暮らしだ。安いアパートを借りてそこから通勤した。そのあとは移動手段確保のために自転車を買った。これで20㎞離れた実家までたまに戻ったりした。


 しかし、家賃、水道光熱費、食費といろいろ出費が重なるため貯蓄は苦しかった。手取り14万で何とか貯金していくが、難しかった。契約終了も近いから俺は別会社の契約社員として就職した(やはり正社員登用はなかった)。

 今思えばここで正社員を狙えば良かったと後悔しているが、残念ながら俺の住んでいる土地は契約社員・パートだらけで学歴があっても中途採用が苦しい土地だ。当然、俺なんかでは更に苦しい。


 さて、新たに契約社員として働いたのであるが、気づけば34歳になっていた。人生35歳までという言葉があるようにもう人生終了のカウントダウンである。このまま続けても埒が明かないと思って契約終了前に転職活動をしてみたが、失敗。退職後に失業給付申請をし、情けないが念のためにという意味で職業訓練校に再び申し込みをした。

 それでも職に就きたい思いで就職活動をし、面接を受けるが、免許があってもマイカーがないということで難色を示されてしまう。困った俺は実家近くにある役場で臨時職員の面接を受けるが、やっぱりマイカーなしはいらないとのことだった。田舎ではマイカーがないとまともに職に就けないのである。バスや自転車ではダメなのだ。

 現状で貯蓄が苦しくなった俺は父に頭を下げてアパートから退去した。


 そして、今に至るのである。


 長いプロローグだったろ?人生の選択を誤ると苦しい思いをするのが世の常だ。借金だけはしていないが、ローンでもあったら俺は地獄行きだったかもしれない。


 俺は仏間で母に向かって手を合わせると侘びながら泣いた。父がいない時間に泣いた。努力をせずに人生の選択を誤ったことを許して欲しい、人生計画もろくに立てない馬鹿で役に立たない俺を許してくれ、と。

 職業にこだわらなければ生きていけるかもしれない。それはそうだが、それでも車が必要だ。車が不要な県外で再就職するとしてもスキルがない。中古のマイカーを買う余裕もあるかないかの瀬戸際の俺には厳しいのである。……言い訳だな、これは。


 俺は泣き終わったあと、外に出た。

 田舎都市の田舎町、長閑のどかで何もない光景が続く。海はいつもと変わらず、山はいつもと変わらない。微かに香る潮風は心地よかった。

 そのまま歩き続けた俺は道端に佇むお地蔵様を見つけた。こんなところにあっただろうか、そんなことを考えたが特に気にせず拝んだ。


『再就職が無理ならどうか自給自足できるようなスローライフを送りたいです』


 そう願ったのである。このときの俺は再就職を半ば諦めて自棄になっていたのかもしれない。


 その瞬間だった──。


 ズキン。


「ガハッ……!?」


 全身が痛くなって身体が動けなくなったのである。全身に何かが突き刺さったそんな感覚である。


 ──ああ、馬鹿なことを願ったからバチが当たったんだな、これは……。


 冷や汗をかいてうずくまった俺はそのまま倒れてしまった。視界が霞み、意識がぼんやりする。死ぬのはこんな感覚なのだろうか、と考えているうちに真っ暗になった。





 



 

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