IF 2-5 邂逅

「れいちゃん、ご馳走様?」

「うん」


ゆっくり食べていたれいちゃんも、さすがに食べ終わってしまったらしい。


ちょっと名残惜しくてそんな事を聞きながらも、僕は自分の分も空になったのを持ってゴミ箱に運んで捨ててしまえば、もうすっかりやる事も無くなってしまった。


……そういえば、れいちゃんの家でお風呂に入った後、着替えない訳にもいかなくてれいちゃんのパーカーを借りてる訳だけど、着替えた方が良いんだろうか。


僕的にはこのままでも全然……って、そんな事考えたらちょっとアレっぽいか。


「えーっと、とりあえず何かする?」


でも、まぁ……早く死ななくちゃ捕まる可能性があるとしても、もう少しくらい猶予はあるだろう。


って、僕がちょっとだけ安直な考えで居ても、れいちゃんはそうでは無いみたいで。


「それより、どこで死ぬかの方が大事」

「……そう、だよね」

「ん。しきは殺せないんでしょ?」

「殺せない……うん」


やっぱり、れいちゃんは早く死にたいんだよね……うん、分かってる。


こまちゃんとも離れ離れだもんね。


早く……終わらせたいんだ。


「じゃあ……」


…ガチャッ


「!」


僕が言おうとした時、ふと玄関の方から扉の開く音がして飛び跳ねる。


もしかして……いや、だってこんな時間に……。


一つの可能性が信じられなくて、一瞬、警察が来たのかとさえ思ってしまって真っ青になるものの、視界に写ったのは……


「……」


……こちらを見ようともせず、ただただ不快そうな顔をして通り過ぎていく、たった一人の僕の母である人の姿。


いつもと何ら変わらない、あの人の姿。


僕が誰かと話してるって、絶対分かってたクセに。

しかもそれが通話とかじゃないって分かってたでしょ?だって電話の所に居なかったんだもん。


僕が急に知らない人を連れ込んでも、本当に何も見向きもしてくれないんだ。


本当に……。


「しき」

「……あっ」


……呼ばれて顔を上げると、れいちゃんの背後の鏡面状の冷蔵庫に写った、苦虫を噛み潰したような顔で下唇を噛み締める、無様な人の姿が見えた。


あぁ、僕は……いつもこんな顔して、見向きもしてくれない母さんの事を見送っていたんだ。


でもそんなの、まるで僕が母さんにかまって欲しいみたいじゃないか。

あんな人に構ってもらったって今更絶対嬉しくないし許せないのに、僕はそれでも母さんに縋ろうとしてしまうんだ。


「……しき」

「っ……!」


そんな事を考えていたら、れいちゃんはまるで僕の心境が手に取る様に分かるといった様に、僕の名前を呼んで頭を抱きしめてくれた。


僕はそれで耐えきれなくて、ちょっとだけ泣いてしまいそうになる。


「寂しいね、しき」

「……うん」

「でもね、しきはもう逃げられるんだよ」

「うん、うん……」


そっか……逃げられるんだ。


誰からじゃない、僕自身の呪縛から。


決して愛してくれない人からの、どうにか間違いであっても注いでくれると勘違いしてしまう、過ぎた愛を呪いの様に望むのを。


僕は……認められなかったんだ。


親は無条件に子供を愛するものじゃないって事。


子供がそんな親と認めて断ち切る事も、僕にはずっと出来ると信じて止まなかったんだ。


「れいちゃん、僕……ちゃんと逃げ切るよ」

「……うん」

「でもね、最後に……」

「?」


僕はちょっと名残惜しかったけど、そんな風に言って、抱きしめてくれていたれいちゃんの腕から離れると、見向きもせず二階へ行ってしまった、大嫌いでそれでも愛していた愚かな存在に向かって声を荒らげた。


「大っ嫌い……大っ嫌いだ!!!……遊園地も水族館も動物園も、花火も……どれでもいいから、一回だけでも良いから行きたかった!!!僕が嫌いなら最初から産まなければ良かったんだよ!……バ、バカっ!!」


怖かった。

言ってるうちに、涙ばっかり溢れてきた。


拒絶する事、それは僕がどうしてもしたくなかった事だった。


泣いてしまう程、それはどうしても大切で、どれだけ嫌って呪ったとしても、離れてくれない様な唯一の、たった一人の親だったから。


……出来るなら、信じたままで居たかったよ。


「っ……行こう、れいちゃん!」

「ん、」


僕はれいちゃんの腕を引いて、あの人の返事も聞かずに家を飛び出した。


最後に罵倒された後子供に逝かれて、それでもまだ僕の事なんてこれっぽっちも思わないんなら、せめて社会に苦しめられれば良いんだ。




……ざまぁみろ、バーカ。

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