IF 2-4 根源
「ここは?」
ごく普通の一軒家の前で、僕らは立ち止まっていた。
「……僕の家だよ」
そう。
なんて事ないただの僕の家。
僕が知る中で一番誰にも干渉されない所は、僕の家だったから。
「誰も居ないから、気にしないで上がっていいよ」
「ん、」
れいちゃんは遠慮しない人だって事は分かってたけど、一応そんな風に言って玄関に通す。
部屋の中はやっぱり明かりも何もついてなくて、人の気配は無い。
……当たり前だ、あの人はわざわざ僕を避けて帰って来ないんだから。
でも都合が良かった。
れいちゃんと二人になれるから。
そうだ、何ならここで死んでしまおうか。
いや……よそう。
あの人に迷惑をかける事より、あの人の元で死ぬ方が大きすぎる。
「これなに?」
「ん?……えーっと、芳香剤?」
「ふーん……」
れいちゃんは家に入るなりたくさんの物が気になるのか、さっきの僕以上にきょろきょろと辺りを見回している。
「あっ!そうだ、れいちゃん。何か食べる?」
「んー……じゃあ食べる」
「ん、待っててね、冷蔵庫に色々あるんだよ!」
そのうち、そういえばご飯を食べてなかった事に気がついて、僕は張り切ってそんな事を言いながらリビングの方へ足を進める。
れいちゃんもその後にゆっくりと着いて来てくれる。
「あっ、あったあった。どのお弁当が良い?」
「……凍ってる」
「そうだよー、解凍して食べるんだもん」
珍しいのかな、冷凍しとけば長持ちするからこんな感じでいつもたくさん買っておいて、レンジであっためて食べてるんだけど……まぁれいちゃんだから、特殊なんだろうな。
「あっ、見てー!こっち唐揚げ入ってるよ」
「へぇ」
「ん、れいちゃんこっちあげるね」
お弁当、二つ同時にあっためるのなんて新鮮で、気分は恋人の分の料理を作る彼氏だ。
まぁ、彼氏って部分は間違ってはいないから、意外とそのままなのかもしれないけど。
僕の家は家族が僕に関心が無かったから、多分僕が勝手に料理を作ろうと思えば作れるんだろうけど、教えてくれる人も誰も居なかったし、そもそも料理を作る人が居ないからキッチンは最低限インスタントの食事が作れれば良い方の仕様になっているから、調理器具なんて物は無かった。
でも、最後……れいちゃんに手料理を振る舞うってのは、ちょっとやってみたかったかもなぁ。
「あっ」
「ん……やけたね」
……と、そんな事を考えていたら、レンジから温め終わったのを知らせる電子音が鳴り響く。
僕はその音が鳴ると共にレンジの扉を開けて、お弁当を二つ取り出す。
「あっ、ちょっと待ってね。お箸持ってくるから」
「ん、」
熱々のお弁当を何とかテーブルに並べ、僕はキッチンに戻って掛けてあるレジ袋から割り箸を二つ分持ってれいちゃんの元へ戻る。
「はい。爪楊枝入ってるから気をつけてね」
それの片方を渡して席に着くと、れいちゃんも僕と対面になる様に座った。
……新鮮だな。
机一つにイス二つ、いつも見ているのに、イス二つにちゃんと一人ずつ座っているのなんて、中学の頃の家庭訪問でちょっぴり見た様な気がするけど、それ以来だ。
れいちゃんは僕がずっと眺めてるのを気にもせずに、割り箸を取り出して割った。
やっぱりというか、れいちゃんらしいというか、割り箸は綺麗に割れてなくて、それが何だか酷く安心して和やかな気持ちになる。
僕はというと、いつも密かな頑張りという程でも無いけれど、何となく始めていつもちょっとした達成感を得る為に毎日毎日綺麗に箸を割ってる訳だけど、今日もちゃんと綺麗に割れて、ちょっとだけ嬉しくなる。
「……美味しい?」
「ん、」
「ん……良かった」
こんな静かな気持ちで、大好きな人と一緒に自分の家でご飯を食べられるなんて、考えもしなかったな。
……僕らが死んでしまう前に、せめても出来た事がどうしようもなく嬉しくて幸せで、ずっとそれを噛み締めていたいなんてわがままな気持ちを抑え込み、僕はこの時間を大切に大切に過ごした。
僕らの死は、すぐそこまで、着実に着実に迫っていた。
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