IF 1-2 新芽
最悪だ。
この世界にこれ以上の最悪があるのかという程に、この状況は最悪だった。
「……どうされますか?」
どうされますかって言われたって……僕は大量殺人の犯罪者だ。
ただでさえ人の親になれる様な性格なんてしてないのに、そんな奴が親じゃさすがに可哀想だ。
……でも。
でもその子が、彼女のたったひとつ残した命という事、そして彼女と僕の繋がりの証明になりえる唯一の存在というのには、どうしても変わりなくて。
そして、その存在を手放す事なんて容易ではくて……。
その為には、僕は死ねないんだ。
まぁ、死ねないと言っても、そもそも社会が許してくれないかもしれないけど。
しかも最悪な事に、僕が生き残る為には、れいちゃんを悪者にしなきゃいけないんだ。
もういっそ、その生まれたばかりの小さな命ごと彼女の元へ連れ去ってしまいたかった。
だって、今まで散々許されない事をしてきたんだから、今更殺せないと言う方がおかしいんだ。
「……」
でも……僕にはそれは、どうしてもれいちゃんを二度殺す事と変わりない様に見えてしまったんだ。
「……勿論、今すぐにとは……」
「僕の子です。……僕が育てます」
……結局、そんな風に中途半端にしかなれなかった僕は、その子供を自分の子供として育てると決めてしまった。
学生で、経済力も知識も何もかもが無いのに。
しかも……この子には母親も居ないんだ。
それなのに僕は、この子の幸せや安泰よりも自分のエゴを突き通さんとしている。
でも……この子を手放せば、僕は本当に死ぬしかなくなるだろう。
そうなったらこの子は、両親のどちらも居ない世界で生きてかなきゃいけないんだ。
要は嫌なんだ。
彼女の残した命が、他の誰かも分からない奴の元へ行ってしまうのが。
『自分勝手にも程が過ぎる』
誰かがそう言った気がした。
紛れもない僕の声だった。
でも……どうしようもないだろ。
僕はもう普通になんて、とてもじゃないけどなれないんだ。
れいちゃんに依存して生きてきて、れいちゃんと死ぬ事だけを心に刻み込まれて、今更生きるってだけでも死にそうなのに。
……そうだ、こうしよう。
僕はその子を育てるけど、その子がもし死にたいと言ったら一緒に死のう。
そうでもしない限り、僕は手放せない。
……そうしたら、僕はその子と気兼ねなく死ねるだろうし。
****
「お父さん」
聞き慣れた声が、聞き慣れない呼び方で僕を呼んだ。
「……
それを不審に思いつつも振り返ると、そこにはすっかり高校生が身に染みてきた一真の姿があった。
「お父さん。……今までありがとう」
「……?」
「お父さんは俺の為に、れいを犠牲にしてくれたんでしょ」
僕の事はわざわざ『お父さん』と呼び直したのに、れいちゃんの事は『れい』と呼ぶのに疑問を感じつつも、僕は一真の言った言葉の意味を思い出す。
……僕は、自分が死刑から逃れる為に、れいちゃんを悪者にしたんだ。
テレビを壊しても、働きに行かなきゃいけない過程でどうしても外に出なくちゃいけなくて、その度に声を掛けられた。
殺人鬼、なんてまだ良い方だ。
貴方の味方ですよと言われたり、お辛かったですねと言われたりする度に、れいちゃんは悪者になっていってどうしようもなく心が崩れそうになっていっていたんだ。
当然加害者と被害者の関係を通すのなら遺骨とか遺品とかは貰えないし、遺体と会うどころかお墓さえあるんだか分からないから、ついまだどこかで生きてるんじゃないかって時々思ってしまうのが、更に僕をズタズタにしていった。
「でもね……お父さん、もう良いよ」
「えっ……?」
「俺達も、終わりにしようって決めたから。もうお父さんを束縛しないから」
一真はそう言って、玄関に戻って扉を開けた。
そのまま一真に手を引かれて出てきた少女は……。
「……!」
「お父さん。俺達は死のうと思うから、これ以上お父さんをこの世界に縛り付けたりはしないよ」
その少女は……そうだ、何で考えなかったんだろう。
一真が生まれる時と、れいちゃんが死んだ時はほぼ同じだったんだ。
「ああああああああぁぁぁっ!!!」
僕の心は、それでもう粉々に崩れてしまった。
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