第2話
白銀の鎧をまとった男と、禍々しい黒い炎を両手に宿した男。
互いを勇者と魔王と呼び合った男たちは、壁にひびが入ってしまいそうなほど雄叫びをあげると、目にも留まらない速さで戦闘を始めた。
「……っ!」
陽貴は悲鳴をあげかけたが、咄嗟に両手で口を塞いで音が出るのを防いだ。
しかし、勇者の剣と魔王の拳が衝突し生まれた衝撃波で陽貴は後ろに転がり、背中から叩きつけられたことで肺から空気が漏れた。
「かはっ!」
そのうめき声は幸か不幸か、剣戟の音にかき消されて勇者と魔王の耳に触れることはなかった。
陽貴は痛む背中を気にしつつ、石柱の影に隠れて戦いの様子を窺う。
「はあああ!」
「ハハハッ!」
勇者の剣は光を宿し凄まじい速さで振るわれる。
対する魔王の拳は闇のような炎を纏い剣を弾く。
「なんだよあれ。まるで魔法じゃないか」
陽貴は目の前に広がる光景を信じられないという表情で疑うが、余波に震える床や肌を切りつけるような緊張感が、嫌というほど現実だと突きつける。
まるでアニメの世界のような戦闘に、陽貴は膝を竦ませながらも目を離せないでいた。
日常、常識、現実。それらを超越したこの光景は、陽貴に一つの思いを抱かせた。
しかし、魔王が逸らした勇者の剣が地面を切り裂き、その破片が陽貴の真横を通り過ぎる。こぶし大の石が空気を押しのけたのがわかった。
冷や汗を垂らした陽貴は、
「逃げなきゃ……」
そう思える程度に冷静さを取り戻した。
ただ、冷静さを取り戻したからこそ、一つの問題に直面してしまいあ陽貴は顔を歪ませた。
この場面で陽貴が考えた逃げるというのは、元の世界へ、アトリエに戻ることだった。しかし肝心のその方法がわからない。
訳も分からないうちにこの戦場に来てしまったのだから、当たり前のことだった。
陽貴は勇者と魔王の戦いに注意を払いつつ、必死に頭を回す。いつもはのんびりとしている陽貴も、この時ばかりは必死だった。
そして気が付いた。
「あの絵だ……」
世紀の大発見をしたみたいに呟いた。
「あの光る絵を触った瞬間、光が強くなって気が付いたらここにいた。なら、もう一度あれに触れば……」
陽貴は周囲を急いで見渡し絵を探す。
殺風景な屋内は、勇者と魔王の戦いの影響で廃墟に変わりつつある。急がなければ、陽貴も巻き込まれてしまう。その可能性が頭に過り、陽貴をじりじりと焦らせ視野を狭める。
「早くしないと——あっ!」
陽貴は床に落ちているキャンバスを見つけ声を上げた。キャンバスは陽貴に見つけてもらおうと光っていた。
「でも」
キャンバスのある場所が問題だった。勇者と魔王が戦っているすぐそばなのだ。床にも戦いの傷が広がっており、むしろなぜキャンバスが無傷なのかわからないほど。
陽貴は苦い表情を浮かべる。思いつく元の世界に帰る方法は、死地のなかにあるキャンバスに触ることだけ。しかしそれは確実ではなく、単なる憶測でもある。もし、触っても何も起こらなければ、勇者と魔王に気が付かれるだけではなく、戦闘に巻き込まれてしまうかもしれない。そうしたら……。
最悪を想像して陽貴は身震いする。
しかし、状況は陽貴のことを待ってくれるわけではなかった。
「神聖剣!」
「ぐああっ。魔弾っ!」
勇者と魔王の戦闘が激化する。その余波で、陽貴が身を隠していた石柱がついに崩れる。陽貴は異変を察知し、すんでのところで崩れた石柱を躱すことができた。
ただ、膨らんだ土煙はすぐに晴れ、陽貴の姿が露見してしまう。
「人間のガキ?」「男の子?」
勇者と魔王の声が重なり、二者の視線は陽貴に注がれ戦闘が止まる。
陽貴は凍ってしまったかのように固まる。
「なんでこんなところにガキがいる。勇者、貴様の手のものか?」
「な、そんなわけあるか! あんな子どもをこんな戦場には連れて来ない!」
「ふむ。どこから来たのかは気になるが、邪魔か」
魔王の右手が陽貴に向けられ、黒い炎が猛々しく燃え盛る。
「やめろッ!」
勇者がそれを阻止しようと魔王の右手を剣で払う。魔王が苦悶の表情を浮かべ、勇者に意識が向いた。
(動け、僕!)
陽貴は自分にそう強く念じた。地面に張り付いてしまったように動かない足を叩き、恐怖にすくんでしまった体を奮い立たせる。
(今行かないともう無理だっ)
キャンバスはちょうど陽貴と魔王を結ぶ直線の上にあった。
小さな一歩を前に出す。坂道を転がる石のように、陽貴の足はもう止まらない。恐怖の根源に向かって駆けだした。
その行動に勇者と魔王、両者ともに意表を衝かれた。その隙を縫って、陽貴はキャンバスに手を伸ばすことに成功する。
一秒にも満たない時間、キャンバスが光を放ち陽貴を攫った。
残されたのは状況の理解が及ばない勇者と魔王だけだった。
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