放り込まれた生贄
前略、お母様。私はここで死ぬようです。
長くは語れませんが、死神と、猫耳の巫女さんと、筋骨隆々のカンパン男と、それを横目に楽しそうに歌う女の子に囲まれています。
私はもう、生きては帰れないでしょう。どうして、こうなったのでしょうか……
――思い返すこと三時間前。いつものように自転車で帰り道を快調に飛ばしていた私は、突然の爆発音に驚いて、勢いよく転んでしまいました。腕が擦り切れて、痛い痛いって泣きながら顔を持ち上げると、目の前に高速で飛んでくるタイヤが迫っていて、そっから意識が飛びました。
目が覚めて、辺りを見渡すと、そこはおしゃれなカフェでした。強気そうな顔と、赤い髪の似合う女性……カフェのマスターは、起きた私に気づくと、一杯のお茶を出してくれました。
「うちのオリジナルのハーブティー。飲むと落ち着くのよ。ほら、こっちのケーキも」
ずずいっと出されたそれによだれが溢れてきますが、慌てて荷物を確認すると、身につけている服以外の全てが無くなっています。もちろん、スマホも携帯もありません。
お金が無いから食べられない。そう言おうとした私に先回りして、マスターは
「いいから食べなさい。お代はもう貰ったわ」
と、不思議なことを言っています。でも、食べていいというのなら、遠慮して残す方が迷惑でしょう。きっと。
そう言い聞かせて食べたケーキは、信じられないくらい美味しくて、少し冷めたハーブティーは、それでも目が覚めるほどすっきりと香りが吹き抜けて。
目を丸くしながら、少し下品にがっつく私を見ながら、マスターはくすっと笑って、皿洗いを始めました。
「口、クリームついてるわよ」
言われてから、食べないより失礼なことをしてしまったと、途端に恥ずかしくなってしまい、下を向いてもそもそと食べていると、からからん。と、ドアベルの綺麗な音が鳴り響きました。
「その子が、今回やってきた子?」
やってきたのは、浴衣姿の女性と、スーツ姿の男性でした。
「そ、あなたたちと同じ所から来た子みたいね。言われた通りおもてなしだけはしておいたわ。後は頼むわよ、増毛」
「はいさ任されたよ。さて、お嬢さん」
浴衣のお姉さんは、にこにこと楽しそうな笑顔で近づいてきて、私の手を取り、そのまま席を立つよう促してきました。
「私の名前は増毛という。君と同じ、日本からこの世界に連れてこられた一般人さ。で、このあほ面が上幌向。覚えなくてよし」
ちらりと後ろの上幌向さんを見ると、ぺこりと頭を下げてくれたので、それにお返ししていると。
「じゃ、これから行くところがあるから、着いてきてくれ」
と、言ってきました。
「待ちなさい、まだケーキとお茶が残ってるわ。あなたも、お酒飲むでしょ?」
「飲むぅ!」
ダメな人なのかもしれない。
「普段はこうじゃないんだけどね。酒に目がないんだ、増毛は。許してくれ」
遠い目で謝ってくる上幌向が、少しだけ老けて見えるのは、きっとストレスのせいでは無いだろう。きっと、そう。
そのあとしばらく美味しいお菓子とお茶を楽しんでから、本題を思い出したという増毛に、大きな神殿のような建物に連れていかれた。
中に入ると、そこにいたのはピンクの髪に猫耳の生えた、糸目の女性だった。
「やーはー、ようこそ、この世界へ」
楽しげに笑う彼女は、私に近づいてきて、固く握手をしてくる。そして。
「君の名前と、生まれ育った国の名前、言えるかい?」
と、尋ねてきた。どうしてそんなことを? と思ったが、何故か思い出せない。名前も、国も。さっき、増毛さんは私と同じ日本から来たと言っていたが、その日本という国名がわからない。
「やっぱり、そうなんだねぇ。ふむ。じゃあちゃんと説明してあげようか」
「まーさん、その前に」
「あぁ、そうだったね。私は猫同院真子。まーさんと呼んどくれ」
まーさんは名乗り終えると、空に手を振って、君に見せたいものがある。と、言ってきた。
「今から見せるのは、君が死ぬ瞬間だ」
なんだって?
「だから、死ぬ瞬間だよ。この世界に来た人はみんなまずこれを見る。その後で、名前を教えてもらい、この世界のことを知り、今後どう生きるかを決めるのさ」
えっ、見たくない。
「はい、これが君の死因ね。自動車同士の衝突事故の後、吹っ飛んできたタイヤに激突して、首が折れたんだね。可哀想に。まぁでも、即死だったみたいだし苦しまず死ねたんだから喜べよ。
あ、それで、君の名前なんだけど、君は前世では鈴音って名前だったんだ。どうする? この世界で本名名乗る必要も無いし、今ここで考える? 思いつかないなら私が考えるけど。
んー、それだったら、響ってどうだろうかな、前世の名前が鈴音だろう? それなら、鈴が鳴り響いたあとの、僅かな残響ってことでさ。よくない?」
長い! 理解できない! 響って名前はちゅき❤
「きっしょ」
あ?
「この世界はそんな感じで、死んだり呼ばれたりなんだかんだで色んな世界から集まった個性豊かな阿呆共が楽しく暮らす世界さ。私の妹と、その友人もいるんだけど、何か困ったことがあれば頼るといい。後で、君の家に案内しよう」
なんか、駆け足に感じる。
「そりゃ、テンポは大事だよ。細かい説明も描写もいらねえよ。てめえらが勝手に行間を読めばいい話なんだから。なぁ、読者さんよ?」
何を言っているのだろうか、この人は。
不審がりながら、後ずさりする。そして、瞬きをした次の瞬間、何故か立派な一軒家の前にいた。
「初めまして、響さん。私はここのオーナーの貝塚かづらといいます。よろしくどうぞ」
凄い名前……えと、よろしくお願いします
「ね、私も驚きましたけど、他にも名前凄い人は沢山いますよ」
えぇ……
「とりあえず、色々ありすぎて疲れていますよね?部屋に必要なものや、前世で着ていた服、など諸々用意していますので、今日のところはゆっくり休んでください」
かづらさんに部屋に押し込まれて、今日は終わった。私はこれからどうなるのだろうか……
あ、そういえば。
私はふと気になったことがあり、部屋を出た。かづらさんを見つけて、その背を追おうとしたその時、電柱や家の影から、何人もの人が飛び出してきた。
……そして、冒頭に繋がる。私はこれから、本当にどうなるのだろうか
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます