第七十八話 斜め上への罪滅ぼし  ①


 コンコンッと控えめなノックが聞こえた。


 色々あったマラソンから数時間。

 今日の競技は全て終了し、外も暗くなっていた。



 そして、心に傷を負った僕は全力で部屋に引き籠っている真っ最中である。



 ……流石に時間が必要だった。

 僕だって思春期真っ只中の男子。


 同年代含めた女子に下半身を見られて興奮するような癖があれば話は別だったんだろうけど、あいにくと僕はそんな癖を持ち合わせてはいない。


 割と打たれ強いと自信のあった僕のハートは現在粉砕され跡形もないのである。


 そんな僕を知ってか知らずかの来訪者。


 誰だろう?

 仙人かナルシ―が来たのかな?


 でも、あの二人は競技が終わってから露骨に気を遣ってくれていたから今夜くらいはそっとしておいてくれそうだけど。


「……あの、空森からもり君? いますか?」


 しかし、聞こえてきたのは今出来れば会いたくない夜空谷よぞらだにさんのものだった。


 だって、気まずい!


 というか、夜空谷さんも良く来たもんだ。

 自らの手で股間を握り潰した結果、担架参加となった彼氏が学園中にケツを晒したというのに……。


「……えっと、ごめん。今はそっとしておいてほしいかな」

「良かった、いるんですね。では失礼します」

「え、ちょ……⁉」


 ガチャリとドアノブが回る。

 そっとしておいて欲しいと言ったんだけどなぁ!

 全然そういう配慮はしてくれないんだね⁉


 ……まぁ、夜空谷さんらしいと言えばらしいところだけども。


 けど、ドアにはちゃんと鍵をかけていた。

 鍵に阻まれたドアはガンッと音を立てはするが開くことはない。


「あれ? すみません、鍵が掛かっているので開けていただけませんか?」

「さっきも言ったけど、今はちょっと一人にさせてくれないかな。僕も人間だから心を癒す時間くらいは欲しいんだ」


「だからこそ私の出番じゃないですか! 傷心中に彼女に頼るなんて当たり前のことだと私は思います! むしろここで何もしなかったら彼女じゃないとすら思えます。互いをきちんと好きになる第一歩です!」


 理屈はあってる気がしなくもないけど、傷心のきっかけはあなたなんですよ!


 その考えを持ってるなら、僕の心をあえて傷付けて慰めに来たマッチポンプすら疑い始めてしまうんですけどぉ‼


「ちなみにプランを聞かせて頂いても……?」

「嫌です! だいたい扉越しにプランがどうとかやめてください。いかがわしい感じになるじゃないですか!」

「だって不安なんだよ! 事こういう展開において夜空谷さんは非常識だから!」


「そんなことないです‼ それに安心してください! 今回のことは私にも責任があると判断しましたので、ネットを使って勉強してきました! テンプレを使います! 絶対に外さないとお墨付きでしたから間違いありません!」


 思いつきじゃないのか。

 それなら安心してもいいのかもしれない。


 ネットで調べてきた慰めのテンプレってことは、頭をよしよしされながら膝枕とかしてくれるのかな?


 ……正直魅力的ではある。


 それにこうやって会話をしてるだけでもいつの間にか僕のテンションは上がり気味だ。


 天然でマッチポンプを演じている可能性は捨てきれないけど、このまま扉越しで話していたって帰ってくれないのはわかりきってる。


 どのみち夜空谷さんが理由で元気が出るなら、早々に扉を開けてしまったほうが後々扉を開けなかったことを後悔するよりマシだろう。


「……わかった。今開けるよ」

「はい!」


 カチャリと鍵を開錠し、扉をオープン。



「大丈夫? おっぱい揉む?」



 バタン。


「何で閉めるんですか⁉」

「僕が理性ある人間だからだよ⁉」


 クソっ! ネットの情報鵜呑みにしたって時点で疑うべきだった!

 というか、どんな第一歩を踏み出すつもりなんだ!

 お互い好きになる第一歩が本当にそれでいいのか、君は!!


「大丈夫です! 私は理解ありますから! 空森君がどんなにハァハァしたりバブバブしたりしても絶対に見る目を変えません!」


「そういう問題じゃないんだよ⁉ だいたいその提案がある時点で絶対に見る目が変わるのもわかり切ってるし‼」


「私だって未知の領域なんです! おっぱいに夢中になった空森君を見て『ふふ、可愛い』みたいな受け止めが出来るだけの母性が私にあるのか自信がないんです!」


「自信がないならそのまま自信がないままでいてほしかった! 実行に移さないで欲しかったよ⁉」


 ちらっとしか見えなかったけど、夜空谷さんはパジャマ姿だった。

 多分風呂上がりなんだろう。


 赤く火照った感じの顔としっとり濡れた髪がちらっとしか見えなかったのに目に焼き付いて離れない……。


 その状態であのセリフだ。


 押し倒したり抱き着いたりもせず、部屋に連れ込まないで扉を閉めるという行動に移れた僕の理性は評価されてしかるべきだと思う!


「実行に移して欲しくない? それは……私に魅力がないとかそういう話ですか?」

「違いますぅ! むしろ魅力を感じたからこそなんですぅぅ!」


「それなら閉め出さないでください! 私だって恥ずかしいのに頑張ったんですよ⁉ その頑張りの結果が閉め出しでは納得できません!」


「いや、ちょっと落ち着いてほしい! 冷静に状況を見て欲しい! 慰めてあげようと思ってくれたのは嬉しいんだけど、夜空谷さんのプランを実行した場合の問題点をきちんと見つめ直して欲しい‼」


 元気が出るなら仕方ないとかそんな盲目になってそうだけど、風呂上がりの夜空谷さんを二人きりの部屋に入れるのもまずいのに、目的が乳を揉ませることなんだぞ!


 慰めるの意味合いが変わっちゃう可能性があるから!


 いつもみたいに変態って罵ってくれていいからまずは頭を冷やしてくれぇぇ!

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