第七十七話 山あり谷あり一蓮托生 ④

 流れるプールってあるじゃないですか?

 あれってゆっくり流れるから楽しいのであって、勢いよく流されるとそれこそ川を流されているのと変わらないんですよね。



 まぁ、何が起きているかと言えば、そういうことである。



 ナルシ―が誰に電話を掛けたのか知らないけど、一切動きのなかった水がいきなり流れを持ち始めた。


 何度も言うけどここは地下。

 しかも放水路だ。


 流れた先は川に繋がっているかもしれないけど絶対その合間に何か機械が挟まると思うんだけど、一体ナルシ―はどんな作戦を持ってこの水の流れを生み出したのだろう?


「全員周りをひたすらに見回すであります! どこかに地上へ出るための道なり何かがあるのは確実でありますから古奈橋たちがポンプに到達する前にそこにたどり着くのであります!」


「脳筋だった⁉ っていうか、ポンプに行ったらどうなるの……?」


「そんな前例知らないから断言はできませんが、まぁ冗談抜きで死んでもおかしくないでありましょう。どれくらいの時間水に沈むのかもどれだけの勢いで押し出されるのかも知りませぬが人が通ることなど想定していないでありましょうからな!」


「嫌だァァァァ! こんなガバガバな命懸けは構えてなかったぁぁぁぁぁぁぁ!」

「騒ぐ暇があったらとっとと出口を探せ!」

「俺は命を懸ける関係になりたくないって言ったんだけどなぁ……!」


 ってか、本当に誰に電話したの⁉

 電話からこの展開まであまりにスムーズなんだけど⁉


 学園関係者?

 それならそれで命懸けを許容するのは本当にダメだと思うんだけどなぁ‼


「あったぞ! あのはしごが上に繋がってる!」

「あれ本当に正規ルートなのかな⁉」

「正規だろうが非正規だろうが行くしかないでありますよ!」


 お荷物である僕を鬱陶しそうに引っ張りながら、三人が必死にはしごへと泳いでいく。

 だけど、流れに押される僕たちの速度を考えるとはしごに到達する前に通り過ぎる確率も十分言ありえる状況だった。


「ちっ! ギリギリ間に合わないか……! 空森からもり、手くらいは動くな?」

「それを聞いた時点で嫌な予感しかしないけど、役に立ちましょう!」

「よし、古奈橋こなばし。それに砂宮すなみやさんも。こいつを一気に押し出すぞ」

「了解であります!」

「オーケー! こうなったらとことん付き合うぜ!」


 そんな一致団結の下、三人が担架の片側に集まりグイっと僕を前方へと押し出した。

 それと同時に僕も腕を頭上へと突き出す。



「取ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」

「「「よしっ‼」」」



 ガンッ! と僕の手がはしごへとぶつかり、痛みに耐えながらそれを必死につかむ。

 だけど、安心してはいられない。


 なんせまだ流れているのだ。

 腕は掴んでいても体はどんどん流れていこうとしてしまう。


 しかもすでに三人ははしごを通り過ぎた位置にまで流れてしまい、僕の担架を掴んで必死にその場にとどまっている状況だ。


「やばぁぁぁぁぁい! 腕がヤバぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい‼」

「耐えろ役立たず! この競技でお前が唯一役に立つ瞬間なんだぞ‼」

「カラ、まずは古奈橋がはしごにまで行くであります! それまで何とか耐えて欲しいでありますよ!」

「なんでもいいから早くぅ!!」


 担架では滑ると判断したのか、ナルシ―の腕が担架ではなく僕の体を掴んだ。



 その瞬間、掴まれたズボンとパンツが一気に膝下までずり落ちる。



 水に浸かっているから元々冷たくはあったんだけど、防御を失った僕の息子が水流に晒され、水の冷たさとは別の冷たさが全身を駆け巡った。


「ちょっとナルシ―⁉ 大事故が起きてるんだけど⁉」

「まずいであります⁉ カラ、身構えて!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉ ちょっとぉぉぉぉぉぉぉ⁉」


 ずり下がったズボンたちが水流で流れて脱げそうになり、ナルシ―が慌てて僕の上半身を掴み直した。


 その結果、ナルシ―が掴んでいたから耐えていた僕のズボンたちが完全に僕の肉体から離れていく。


「……よし! こっちにまで届けばもう大丈夫であります。引き寄せるので二人とも上がってきて欲しいであります」


 はしごに登ったナルシ―が担架ごと仙人と砂宮さんを引き寄せた。


 これではしごを登れば地上に出られる。

 出られるんだけど……!


「おい、空森。お前そろそろ動けないか? 股間のダメージで動けなくなるのはわかるがはしごくらいなら登れるだろ? 流石に担架に乗ったお前を連れてはしごを登るのは無理だ」


「それくらいなら動けるよ……でも、もう僕はマラソンを続けたくないんだけど⁉」

「ここまでやらせておいて棄権なんて許すと思うか?」


「鬼畜か‼ このまま地上に出たら僕はわいせつ物陳列罪とかになるんだよ! こうなった僕はもう地上には出られないんだよ⁉」


「安心するでありますよ。担架の上で体操服を引っ張って丸まっていればいいであります。それならブツは隠れましょう」


「そんなリスクを冒してまで続けたくないんだけど⁉」

「君らがどうするかは任せるけど、とりあえず俺は先に行くよ。君らが棄権しても俺は続けなきゃだからな」


 そう言って、言い合う僕らを残して砂宮さんがはしごを登っていく。


 最初から最後まで大迷惑をかけてしまった。   

 今度何か恩返しをしなきゃだな。


 ……とりあえず、僕たちもここに居続けるわけにはいかないか。


「くっ……僕たちもひとまず上がろう……上がるけどそこからのフォローは任せたからね!」


 位置の関係で僕からはしごを登っていく。

 僕の臀部やら息子を直視するのを嫌がった仙人とナルシ―がくるりと後ろを向いた。


「どうしてこいつが先なんだ……。普通に考えて位置を入れ替えて拙僧たちが先に行くべきだろう?」

「そこはあれでありますよ。万が一力が抜けて落ちた時のフォロー、で……?」


 ナルシ―の声が不自然に途切れた。

 まるで何か思いがけないものを見つけて、言葉に詰まったように。


「……あ~、カラ? どうやら色々と手遅れかもしれないであります……」

「え? どうい、う……‼」


 後ろを向いて僕も驚愕した。

 そして、ナルシーの作戦が許されたことにも合点がいった。


 そうだ。そもそもこの競技はカメラで配信がされているんだった。


 障害物競走であれだけ目立った上に、担架で参加という面白枠の僕たちの様子はきっとしっかりと追われていたのだろう。


 ナルシ―の水流作戦が許可されたのも、本当にヤバくなったら装置を止められるからだ。


「き……」


 僕の視線の先にはカメラが搭載されたドローンが浮いていた。

 そして、その高度ははしごを登る僕と同じ。


 つまり、前は見えていなくてもカメラにはばっちりと僕のケツが映っているはずだ……。


「棄権しまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす‼」


 情けない声と共にはしごから後ろ向きで跳び、僕は空中に浮かぶドローンを全力ではたき落とした。

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