第七十六話 山あり谷あり一蓮托生 ③


 さて、改めてどころか重ねてなんだけど、この学園に常識は通用しない。


 なんせ校舎の屋上から飛び降りようが窓ガラスをブチ破ろうが停学にすらならない非常識さだ。


 良くも悪くも金で解決できる範囲ならば見逃されるし、被害が自分にしか出ないならば、自己責任の名の下スルーされる。


 ただし、そういう行いを続ければ扱いは当然雑になっていく。


 僕で言えば、夜空谷よぞらだにさんと付き合ったことで起きている確執は暴力を受けることで解決して来いと背中を押される始末だ。


 人の所業━━は言い過ぎにしても教育者の所業ではないだろう。

 けど、それが現実なのも事実なわけで。


 ……まぁ、だからと言うわけじゃないんだけど、というか、ぜひ違って欲しいんだけど!


 そんな僕の扱いが拡がって、男子という括りで扱いが雑になっていっているのかもしれない。


 そんなことにふと思い至るきっかけはまぁもちろん現在真っ最中の競技にある。


「ごほっ! 空森からもり、お前何とか浮けないのか!?」

「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ⁉」

「まずいであります、仙人⁉ 高さが足りなくてカラが溺れているであります⁉」

「腕を上げて泳ぐことなど出来るか! 無茶を言うな‼」

「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ⁉」


 担架が完全に水に浸かり、ガッツリ水没しながら僕も必死に空気を求めて顔を前に突き出した。


 マラソンが開始して多分五分くらい経った頃、僕たち男子は第一の障害にぶち当たっていた。


 それが巨大な水溜まり。

 プールなんて可愛いものじゃない。体感としてはもはや湖だ。


 規模としてはそういう意味の分からない広さを持つ巨大な水溜まりは街中にいきなり現れたわけではない。


 僕たち男子が今いるのは地下空間だ。

 ドームを出てすぐ、僕たちはマラソンとしてはおおよそありえないエレベーターに押し込まれるというとんでも展開に見舞われた。


 そして辿り着いたのがこの地下放水路である。


 もはや小規模都市のような様相をしている百合咲学園は生徒はもちろん街の人まで含めて安全管理は学園に任されている。


 だから、某地下神殿のような放水路も学園の所有物であり、体育祭のルートと言う使用方法が許されているんだろう。



 ……さて、話を戻そうか。



 放水路は本来地上の水を逃がすために使われる場所だ。

 でも今僕たちは地下で溺れる寸前。


 そう、恐ろしいことにどうやらこんな障害を作るためだけに学園は放水路を水で満たすというトチ狂った手段に出ているらしい。


 まぁ、ものすっごい譲れば、実際に水が問題なく排水できるのかとかどこか破損している箇所がないかの確認が出来るとか利点もあるのだろう。


 競技に利用出来て点検も出来る。

 うん♪ お得だね♪


「……でも、死ぬ⁉ 僕本当に命の危機なんだけど二人共ぉ⁉」

「大人しく黙っていろ! お前が思っている以上に拙僧たちも必死だ!」


 とは言ってもだよ!

 僕の全身が沈んだ状態で静かになったらそれはそれで別の心配をする羽目になるんじゃないかな!


 ……なるよね?

 さすがにそこまで薄情じゃないよね?


「お~い、大丈夫か? ヤバそうなら手を貸すぞ?」


 僕たちよりもだいぶ先を行っていたはずの砂宮すなみやさんの声がバシャバシャと水をかく音と共に近付いてきた。


 あまりにも危なっかしい僕たちを見かねて来てくれたみたいだ。

 意外と面倒見がいいのかもしれない。


 水をかく音が止まったかと思ったら、僕の背中がグイっと押されて、沈んでいた顔が水面に出た。


「大丈夫か? ったく、障害物マラソンとはよく言ったもんだ。実質短距離のトライアスロンじゃないか」


「拙僧たちも想定外だ……よくこの内容で担架に乗ったこいつを運びながら競技に出ろと要請してきたものだ」


「お荷物で面目ない……」

「というより、これがトライアスロンだと非常にまずいでありますよ。自転車まであったら古奈橋たちはどうすることも出来ませぬ」


 たしかに……。

 そうなったらもう僕は必死に走るしかない。


「その場合はどちらかが自転車を漕いで、こいつは引き摺ればいいだろ?」

「人でなしぃぃぃぃ!」


「賑やかだなぁ。俺の周りもこれくらい賑やかだったら楽しかったんだけど、いっそ落第しまくって君らが来るのを待つかな」


「落ち着きを持っているのは良いことでありますよ。それにダメダメな年上同級生は一人で十分であります」


 お姉さんのことを言ってるんだろう。

 似た境遇の人がいるのは心強いんじゃないかと思うけど、砂宮さんと僕たちが同級生になるには最低でも二年はかかる。


 似てはいても二十代と三十代。

 見えない壁はきっと分厚いことになるのだろう。


『さぁ! 男子のほうは藍里あいさと選手が貯水ゾーンを抜けました! このまま独壇場になってしまうのかぁ!』


 キンキンと音を反響させながら、実況のアナウンスが聞こえてきた。

 僕たちがギャーギャーと馬鹿をやっている内に藍里君は黙々と競技を進めていたらしい。


 死にかけている先輩を見捨てたことについて少し言いたい部分があるにはあるが、真面目に取り組んでいたらこのくらいの時間でここは抜けている計算ということか。


 つまり、すでに遅れている。

 お嬢様たちがどんな障害をこなしているのかは知らないけど、多分先頭チームは同じくらいの進行度のはずだ。


「まずいよ、三人共! 早く追いかけないと!」

「お前のせいで遅れているんだがな!」

「……仙人。ここは一か八かに出るであります」


「策があるのか?」

「死ぬかもしれませぬが、上手くいけば恐らく巻き返しも可能でありますよ」

「……仕方ないか。かまわないな、空森?」

「もちろん! ぜひやってくれぃ!」


 同意を得たナルシーがスマホを取り出して、何やら電話を掛け始めた。


「……やっぱ、同級生はやめとくか。そんなあっさり命を懸ける関係にはなりたくないし」


 砂宮さんのどん引いた声で久々に実感した。

 あ、やっぱり僕たちっておかしい集団なんだなと。

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