第七十五話 山あり谷あり一蓮托生 ②


「お前は本当にどこまでもはた迷惑な奴だな……」

「面目ねぇ……」

「そう言わないでありますよ仙人。カラだって被害者であります」

夜空谷よぞらだにに下着を見せつけて去勢されかけた奴のどこが被害者なんだ? むしろどこまでいっても加害者だろう」


 人が集まり出したドームの中で、担架に乗せられた僕を挟んで仙人とナルシ―がやれやれと言った様子で準備運動をしている。


 そう。障害物マラソン参加に当たっての特別措置。それがこのおんぶにだっこで文字通りお荷物と化しながら、二人に代走を頼むというものだった。



 つまり二人はこれから僕を担架で運びながらマラソンに挑むことになる。



 もう足を向けて寝れない……。

 いや、担架の都合上どっちかには足向けて寝るしかないから、今夜から足を向けて寝れないと言うべきか。


「というか、よく二人共了承したね。断るのが普通だと思うけど」

古奈橋こなばしは借りがありますから」

「拙僧は良い修行だと思っただけだ」


 義理堅いのとツンデレたちだった。


「それでカラ? 一つ聞いておきたいのでありますが……」


 担架の持ち手を掴みながら、ナルシ―が遠くを見る。


 集まっていることからもわかる通り、マラソンとはいえ、スタートは他の競技と変わらずドームの中からスタートだ。


 障害物という不穏しかないワードも現状ではまだ確認すら出来ていない。


 この状況で何を聞いておきたいんだろう?

 僕をどこまで雑に扱っていいのかとか?

 それに関しては青天井だよ?


「さっきからこちらをやけに気にしている金髪の女に心当たりはあるのか?」

「金髪? ……あぁ、僕からは見えないけど多分ルナさんだよ」

「ルナ? 誰だ?」

「僕のアンチ筆頭。僕をこの体育祭で成敗するために僕と同じ競技全てに出てるんだ」


 二人が僕を呆れた顔で見下ろしてくる。

 言いたいことはわかるよ?

 でも、これに関しては本当に僕は被害者なんだ!


「つまり、あの方は古奈橋たちに対して何かしらの妨害をしてくるというわけでありますね」

「いや、それはどうかな……」

「どういう意味であります? 和解済みなのでありますか?」

「僕がこの状態だと気を遣って何もして来なさそう」

「あぁ、確かに成敗されたと言われても過言ではありませんか」


 そういう意味じゃなかったんだけど、納得してくれたならまぁいいか。


 ちゃんと説明しようとすると、ルナさん自体がブレブレだからややこしいし。


 こっちをチラチラ気にしてても、仮に妨害して来ても今の説明で十分なのだから余計な補足はしなくても大丈夫だろう。


「それで古奈橋。お前は前と後ろのどっちを持つ?」

「どちらでも構いませぬよ。仙人の好きでお任せするであります」

「なら、俺は前を持つか。道中こいつの顔を見続けるのも癪だしな」


「とはいえ、どこかのタイミングで交代は必要でありましょう。マラソンで手を振れないだけでもしんどいのに、前は腕を体より後ろにしなくてはなりませんからな。さしもの仙人でもずっとは厳しいでしょう」


「そういえば、距離はどうなってるんだ? いきなり参加が決まったから、ルートはおろかどれくらいを走るのかすら拙僧は把握していないんだが」


「あぁ、その辺りは最初に説明があるみたいだよ。僕たちみたいな特殊なのもいるし、男子はお嬢様たちとはルートも違うみたいだし」


 言ってる間にドームの照明が暗くなる。

 またしてもモニターを使った説明が入るみたいだ。


 障害物競走ではこの流れでひどい目に合ったので、ぜひとも今回は穏便に終わって欲しい。


『──以上が男子、女子の走る走行ルートとなります。途中に誘導員もいますので、走行ルートがわからなくなった場合は都度確認をお願いします』


 地図と一緒に説明されたルートはお嬢様が約一~三キロ、男子が五キロほどの距離だった。


 マラソンというには随分と短いけど、あくまで体育祭の一種目だし、これで疲れ果てられても困るから加減されてるのかな。


「なかなかに過酷だな」

「たしかに骨が折れそうであります」

「あれ? 二人共そんなテンション? もしかして長距離苦手だったりする?」


「バカかお前は。これは障害物マラソン。つまりただ走る以外のアクションを道中求められるんだぞ。五キロの中にどれだけの障害があるのかは知らないが、お前がやったような障害が配置されているなら、ペース配分すら調整のしようがない五キロはとんでもなく厄介だ」


 あ、たしかに障害アリならこの距離でも十分厄介か。

 単純な距離だけで考えてたや。


『では、選手はスタート位置へ。ドームの出口がすでに分岐点ですので、男女で分かれるようお願いします』


 アナウンスに従ってゾロゾロ移動してみれば、男子は僕たち一チーム以外に二人の生徒が参加しているみたいだった。


 大学生が一人と中等部から一人。


 こうして顔を合わせるのは食糧難で畑を作ろうと団結した時以来だろうか。

 お嬢様と違って初等部や幼稚園が参加しないから、僕たちの走る距離は同じなのだろう。


「相変わらず常識に囚われないね。まさか担架に乗って参加とは」


 短髪にやや日焼け気味の肌をした大学生のほう(たしか砂宮すなみや修司しゅうじさんだったかな)が僕たちを見て話しかけてきた。


「色々と事情がありまして……。けど、手加減はいらないですよ」

「そこに関しては手加減なんかしないよ。なんせ俺も赤組だからね。手加減どころか君らがビりになる可能性が高い以上、俺は彼に負けないようにしなきゃだからさ」


 中等部の藍里あいさとくるわ君は砂宮さんの視線に気づくと無言でフッと柔らかく口元を緩める。


 彼はやけに無口だ。

 けど、冷たい印象はない。サラサラした長めの髪と中性的な幼い顔をしてるからかな。

 無愛想じゃなくて、無口という表現がしっくりくる。


 そんな藍里君は白のハチマキをしていた。

 なるほど、確かにこれは事実上、砂宮さんと藍里君の一騎討ちみたいなものかもしれない。


「ビリは避けられるように努力するがな」

「やるからには全力であります!」

「お~お~頼もしいねぇ。んじゃ、お互い頑張ろうぜ。藍里もな」

「(コクリと頷く藍里君)」


 モニターに10の数字が表示され、カウントダウンが開始される。

 同時にドームの出口が解放され、外の光が差し込んできた。


『3、2、1……スタートです‼』


 けたたましいブザー音と共に、選手が一斉に出口目掛けて走り始める。


 その瞬間、僕は速攻でこの措置を後悔した。


 素人がダッシュで運ぶ担架はとんでもなく揺れまくって……。


「……仙人、ナルシー。吐きそう」

「「お荷物め……!」」


 優しさの欠片もない罵声に僕は静かに涙を流すしかなかった。

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