第七十四話 山あり谷あり一蓮托生 ①


 目を開けた先には見覚えのある白い天井が拡がっていた。

 体が物凄くだるくて動かない。

 薄手の布団が掛けてあるけど、それすら自分で剥ぐことが出来なかった。


 ここは一体……?


「おや? 目が覚めましたか?」

鶴屋つるや、先生……?」

「一日に二度も担ぎ込まれるとは……前代未聞ですよ」

「僕は一体……」

「覚えていませんか?」


 記憶がやけに曖昧だ。

 確か借り物競争(狩り者競争)に出て、それで作戦通り防御の陣を敷いて──


「……夜空谷よぞらだにさんに出くわしたんだった」

「記憶ははっきりしているようですね。カメラの映像が激しく揺れていて何をされたのかは詳しくわかりませんが、あなたが女性用下着を掲げた状態でドアを飛び出した数瞬後には夜空谷よぞらだに詩織しおりさんがあなたに肉薄していました」


 そうだ。僕の考えた羞恥心で無敵の防御大作戦は開始数秒で瓦解したんだ。


 何をされたんだろう……。

 記憶が曖昧だけど、物凄くひどいことをされたのは体が教えてくれている。


 なんせこうして意識を取り戻してもろくに言うことを聞いてくれないのだから、それはそれはひどい目に合っているはずだ。


「失礼しまっす。先輩はどうっすか?」

「今ちょうど意識を取り戻しましたよ」

「あ、良かったっす!」


 扉を開けて入ってきたのは茅ヶ崎ちがさきさんだった。


 僕があの場所に入ったのを直接見たんだし、その後夜空谷さんによって粛清されたところも目撃したのかな?


 僕を見る茅ヶ崎さんの目には涙が浮かび、心底安堵しているようだった。


「大丈夫っすか、先輩?」

「うん、一応無事かな」


 片手を上げてみたけれど、茅ヶ崎さんはまだ安心していないようだ。

 というか、何をするつもりなのかわからないけど、僕に近づいてきてかけてある布団を剥ぎ取った。


 そのまま茅ヶ崎さんは布団に隠れていた僕の下半身をじぃっと凝視する。


 え? なに? 流石にちょっと恥ずかしいんだけど……。


 抗議の声を上げようとしたのもつかの間、茅ヶ崎さんは聞き流せない言葉をしれっと口にした。



「良かった……! ちゃんとまだ男の子っすね!」

「どういうこと⁉ 僕は何をされたの⁉」



 男の子じゃなくなっている可能性があったの⁉


 いや、それよりも服の上からでも僕が男の子してることがバレたってことは僕の息子は今どんな状態でスタンバイしてるの⁉


 色々と良くない状況だと思うんですけどぉ‼


「……いや、覚えてないなら知らないほうが良いっす。うん、ボクも忘れるっすから」

「無理だって! だって犯人が彼女なんだもん! 加害者と被害者の関係があまりにも近すぎるのよ‼」


 僕が忘れたところで夜空谷さんは絶対に忘れてないだろう。

 むしろ「反省しましたか?」の問いに「忘れた☆」って返せるようになったほうがまずい。


 一撃目が放たれた以上は二撃目はもっと簡単に放たれるはずだ。

 記憶にないからと言って、僕の息子のダメージがなかったことになるわけじゃない。


 次の攻撃を受けた時、僕が男の子でいられる保証はないのだ。


 ならば、きちんと何をされたのか理解して形だけでも反省の意を唱えられるようにはしておきたい!


「……簡単に言えば、ギュッとされてたっす」

「………………ギュッ?」

「……はいっす」

「……それはマッチョがリンゴを手で握り潰す的な?」

「……そんな一瞬の攻撃じゃなくて、例えるならしぼり機でグレープフルーツから果汁ををぐりぐり搾り取ってる感じが近かったっす」


 ガタガタガタガタガタガタガタガタ……!


 震えだした体が止まらない……!

 なんてひどいことをしているんだ、マイハニー……!


 僕の息子が夜空谷さんに絞られた。


 ……言葉の響きだけだとすごくえっちなのに‼

 現実はあまりにも非情だ!


「まぁ、そんなわけなんで先輩が無事でよかったっす」

「息子が無事かわからないから僕は全然安心できない!」

「まさかそれはあれっすか……⁉」


 どれだろう?

 代名詞ばかり並べられてもピンとこない。


「ボクで息子の機能確認をさせろ的な⁉」

「違うから⁉ どうしてそうこの学園の人はすぐにそういう答えを出しちゃうのさ⁉」


「一人称がボクの後輩っすよ? 先輩から『男のつもりか? 女の喜びを教えてやるぜ』的な展開はあって然るべきっす!」

「君はどういう覚悟でそのキャラを貫いてるのさ⁉」


「そういうことをされる覚悟もとい憧れで貫いてるっす! なんせボクがこのキャラになったのは先輩たちが入学するってわかってからっすから‼」


「キャラ作ってるんだ⁉ しかも歴が浅い‼」

空森からもりさんの男性器は無事ですからご安心を」


 ここまで無言だった鶴屋先生がしれっと口を挟んできた。

 しかもなかなかに無視できない発言をした。


「……どうして鶴屋先生は僕の息子が無事だと断言できるんですか?」

「目視で確認しました。うなされる空森さんが必死に息子さんの安否を気遣っていましたので」

「いやぁぁぁぁぁぁ⁉ もうお婿にいけない‼」


 何をしてくれているんだ⁉

 女教師が男子生徒の股間を確認していいのはアダルト作品の世界だけだ!


 というか、もしかして今そういう世界に突入してる⁉

 ボクっ子後輩と先生が僕の息子の無事を確かめるようとしているのはもうそういうことなんじゃないかな⁉


 目が覚めたらエロゲ―世界に転生していた件についてぇぇぇ‼


「無事ですからお婿にいけます。自身を持ってください。それよりも空森さん、体は動きますか?」


 転生は終了したらしい。

 ついでに言えばお婿にいけなくなった理由はそういうわけじゃないんだけど……。


 いや、そんなことはもういいか。

 というかこれこそ忘れよう。うん、そうしよう。


「まだちょっと厳しいかもしれないです」

「そうですか。もうまもなく空森さんも参加する障害物マラソンが開始されます。マラソンをするのは難しい。その判断で間違いありませんか?」


 マラソン……マラソンか。

 確かに厳しいかもしれない。


「わかりました。では、空森さんには重ねて特別待遇をいたします。マラソン自体には出場していただきますが、空森さんが無理をしないで済むよう手配いたします」


「それはありがたいんですが……普通に欠場じゃだめなんですか?」


「お任せしている立場で言うのもあれですが、古奈橋こなばし彩音あやねさんの件もありますし、それに夜空谷詩織さんがあなたに危害を加えたせいで欠場となったら、彼女も負い目を感じるでしょう。そして、あなたはそういう事態を好まないと私は思っています。どんな形でも出場しておいたほうがあなたのためにもなるでしょう」


 ……すごいな。

 僕のことをよくわかっている。

 そこまで見透かされているなら、言葉に甘えることにしよう。


「では、もう少しここにいてください。彼らに事情を話してきます」


 そう言いながら、鶴屋先生は部屋を出て行った。



 ………………彼ら?

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