第七十三話 異口同音な競技 ⑤
流石に少し体が強張る。
やったことのない動きをするとき特有の緊張感。この感覚があるときの成功率は五分五分ってところだ。
「さぁ、観念するっすよ!」
少し後ろを振り返っただけで、茅ヶ崎さんがもう視界に入るところまで迫っていた。
視線をもう一度前へ向ける。
螺旋状だから少し進むだけでも位置は変わるけど、それでもやっぱり窓へと跳ぶにはさすがに足りない。
それもわかっているから、
絶体絶命だ。だから、この場を切り抜けるにはそれ相応の無茶が必要になる。
隣のビルに飛び移る以上の無茶が……!
「ちょっ⁉ 先輩⁉」
「……っ⁉」
明らかに動揺した二人の反応。
そりゃそうだ。僕だって目の前で見たら同じような反応をしたに違いない。
力を込めた足を踏み切り、手すりを支えにしながら僕は螺旋階段の外へと身を放り出していた。
それこそ道路のガードレールでも超えるような感じだが──跳んだ先に地面はない。
高さにしてだいたいビル五階の高さ。
落ち方さえ気をつければ、地面にまで到達しても死にはしないだろう。
けど、流石にそこまでの博打を打つつもりはない。
ここは螺旋階段だ。
つまり今いる場所から落ちても、すぐ下の手すりまでの距離は比較的近い。
空中に体を投げ出しながら下を見る。
はるか下に見える地面も一緒に見てしまって、わずかに僕の男の子部分がヒュンと縮こまりかけるが、それでも狙い通り次の手すりはすぐそこに見えていた。
しかもその距離は僕の想定よりもはるかに近い。
お? これなら手で掴んでいくリスクを犯さなくて済みそうだ。
離しかけていた手すりを掴み直す。
「あらよっとぉ‼」
重力に引かれた自由落下が始まる瞬間、僕は手すりの支柱を這うように手をスライドさせた。
それと同時に体を九の字に曲げ、振り子の要領で勢いをつける。
振られた体が螺旋階段の内側に入り込み、足が手すりの上へ着地した。
すかさず手を放して、更に同じ要領で僕は螺旋階段を順々に飛び降りていく。
「なんなんすか⁉ 先輩は忍者かなんかっすか⁉」
「……すごい」
螺旋階段から身を乗り出しながら、僕を見下ろす二人の姿が見えた。
ガッツポーズでもしたいところだけど、あいにくと両手は仕事でいっぱいだ。
せめて少しでもカッコつけるために、僕は年上として余裕のある台詞をニヒルな笑みと共に彼女たちに贈ることにした。
「ふっ……褒めるのは僕じゃなくて、僕にここまでさせた君たち自身を褒めてあげるんだねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ダサいっす先輩⁉ そういうセリフは叫んだら台無しっす⁉」
「ふっ……褒めるのは僕じゃなくて、僕にここまでさせた君たち自身を褒めてあげるんだね」
「……何かブツブツ言ってる?」
ほら! これだと聞こえないじゃないか‼
百堂さんが小首をかしげてるじゃないか‼
「とにかく追うっすよ、姫っち! 飛び移られたら厄介っす!」
「……わかった」
二人が階段を駆け下りてくる音が聞こえてきた。
でも、ここまで下りればもう十分だ。
何度目かの手すりの上に着地した僕は今度はそこを降りなかった。
二人が追いかけて来ているのはわかっているけど、螺旋階段の中に戻って階段を更に少し下る。
そこは向かいのビルの窓の前。
このまま下に行っても平地での追いかけっこだ。
けど、ここを飛び移れば話は変わる!
「それじゃあね、二人共! 僕はこれより鉄壁の防御を以ってこの競技を生き抜くことにするよ!」
「考えてることが読めてるんではっきりこの言葉を送るっす! 変態‼」
「全力を出すと決めたなら何でもする! それは僕が唯一誇っている長所だからね!」
「その長所反省したほうが良いっす⁉ 肉体的にも社会的にもそのうち死んじゃうっすよ⁉」
「反省も後悔もその時が来たらするよ!」
さっきとは違い、手すりの上に乗ってから向かいのビル目掛けて足を踏み切る。
窓の大きさは32型モニターくらいの大きさしかない。しかも開いているのは実質その半分だ。
窓を突き破るのは難しくないけど、さすがに空中でガラスの破片を撒き散らすわけにはいかない。
僕たちのやりとりが聞こえて、もしも下にお嬢様が来てしまったら……取り返しの付かないことになる。
さっきまでの無茶で少し体が強張ったままだったせいか、窓の縁に体を擦りながら、僕は目当てのビルへと体を滑り込ませる。
「よしよし、誰もいないね?」
そこは商品の在庫を保管するバックヤード。
薄暗い部屋の中には段ボールが無数に積まれている。
「……さすがに体が震えるか」
このビル一棟が丸々この段ボール内の商品を扱う専門ショップだ。
そして、この商品こそ僕が身を守るための切り札!
僕の信頼と地位を地の底に叩きつける代わりにきっと絶対的な守護を発生させる禁忌の代物!
扉の外が騒がしくなってくる。
僕がここに入ったことに気付いて、人が集まってきたんだろう。
残り時間もそろそろのはずだ。後は耐えきれば僕の勝ちだ!
箱の中の商品を適当に掴んで、僕は扉から飛び出した。
「さぁ‼ これを着ている姿を想像されたい奴だけが前に来るといい‼」
「………………何をしているんですか? 空森君?」
女性用下着を持った僕と、同じく下着を持った
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