第七十二話 異口同音な競技 ④
「Aチームは散開なさい! 追跡ではなく目標の視認を最優先に! B、Cチームはエリア内から出ず、包囲をこれ以上狭めないよう抵抗をお願いしますわ‼」
物陰に身を潜めながら、息を殺していた僕の耳にルナさんの凛とした鋭い指示が聞こえてくる。
赤組も白組も関係なく追い掛け回されることになると思われたこの競技だけど、どうやらルナさんを中心に赤組は僕の確保ではなく、僕の護衛という方向で行動の舵取りをしているらしい。
確かにこの競技は僕を捕まえれば勝ちではあるが、赤組に限って言えば僕が逃げ切った場合でも勝利になる。
同時に追い掛け回して、もみくちゃになるくらいならば、僕に近づくことなくひたすら逃げ回らせるほうが確かに勝率は高くなるのかもしれない。
ただ意外なのはそれをルナさんが先導していることだ。
勝ちに固執しなければ、それこそ組関係なくアンチを集めて、僕を袋叩きに出来るというのに何でこのスタイルを先導してるんだろう?
「フェイクさん! こちらに
「こちらもですわ。カメラの映像からしてどこかの建物の非常階段辺りにいるはずですが、
「さすがはフェイクさん! 空森さんに関してなら、夜空谷さんの次に理解があると指揮を任されるだけあります!」
「え、えぇ! 空森優成に関しては色々と含むところがありまして、動向の観察をしていたのが活きているのかもしれませんわね!」
「空森さんはやんちゃな方ですからね。興味が出るのもわかる気がします。大変なお仕事だと思いますけど頑張ってください! それじゃ私ももう一度巡回に行ってきます!」
「……はい、そちらも頑張ってくださいませ」
聞いたことのない声のお嬢様の足音が遠ざかっていく。
なるほどね。多分アンチ派の仲間がこれはチャンスだとルナさんに作戦指揮を頼んだんだろう。
でも、ルナさんたちはアンチってことを公言してるわけじゃないから、僕に対して敵意がなくて、内情を知らないお嬢様からしたらなんでルナさんが指揮を執るのかわからない。
その結果、ルナさんが自分で言ったのか、他の誰かが咄嗟に行ったのかはわからないけど、僕の観察をしている的なことを言って誤魔化したって感じかな。
それをさっきのお嬢様みたいに好意的に解釈されて、晴れてルナさんは作戦指揮を執るわけになったわけだ。
「……なんでこんなことに。これでは空森優成をボコボコにすることができませんわ……」
一人になったルナさんが愚痴をこぼしているのが聞こえた。
いや、でも出来なくはないんじゃないかな?
そもそも作戦指揮をこの形にしなきゃいいだけで、おしくらまんじゅう大作戦とか頭悪い感じにしとけばやりたい放題だったと思うんだけど。
「けれど、任された以上は成果を出しますわ!」
……悲しいなぁ。
変なところで真面目なんだ、あの人。
僕に出来ることがあるなら、大人しく出て行ってボコボコにされることくらいなんだけど、それをしたら僕は赤組の裏切者に──
あれ? ならないか?
ルナさんも赤組だから、あるのは僕に対するペナルティくらいだ!
それならいっそ出て行ったほうが僕も楽だし、ルナさんたちのひとまずの目的も達せられるしで利点しかないかもしれない!
よし、そうと決まったら━━
「見つけたっすよ、先輩!」
ビクリと肩が跳ねた。
動きかけた足がビタリと止まる。
見つかったか……。
でも、今の声には聞き覚えがあるぞ……!
「
「ふっふっふっ、見た覚えのある景色だと思って来てみれば予想的中っす!」
ビルの間にある螺旋状の非常階段。
多分老朽化か何かで使うことをやめた場所なのだろう。
危険なためか、今いる裏路地は鍵のついたフェンスを越えなければ入れないように封鎖されていた。
この場所なら、品行方正なお嬢様たちは見つけられないと思ったのに……!
僕を見上げる形で下の階から顔を出している茅ヶ崎さんは不敵な笑みを浮かべた。
「ここはボクが忍び込んでコス写をしたことがある思い出の場所っす!」
「え? そんな思い入れある場所なの? こんなところが?」
「忍び込んだのがバレてしこたま怒られた思い出っす! 忘れたくても忘れられないっす‼」
負の思い出だったよ⁉
けど、そんなツッコミしてる場合じゃない……!
見つかったのもまずいけど、茅ヶ崎さんの巻いているハチマキの色──白だ!
「覚悟してもらうっすよ、先輩! ボクにも負けられない理由があるんで!」
「理由は気になるところだけど、ここは全力で逃げることにするよ!」
階段を駆け上がる。
見つかった場合のことだって考えてあるさ!
この螺旋階段は落下防止用のガードで周りを囲われていない。
加えて、隣のビルとの距離が近い。
それこそ飛び移ることが可能な程に!
危険行為だって怒られそうだけど、このくらいの距離なら全く問題ない。
だから、見つかった時の保険として、前もって向かいのビルの窓は開けてある。
後は位置さえ合わせれば!
「先輩の考えてることくらいお見通しっすよ!」
視界の端に新たな人影が見えた。
上の階から誰か来る……?
「……行かせない」
「
上下を挟まれた。
しかも、この位置じゃだめだ。
螺旋状になっている非常階段だから、隣のビルとの位置調整はシビアなものになっている。
窓とピタリと重なって、外側を回っているときじゃないと飛び移ることはできない。
僕が今いる場所からその条件が合う場所までまだ距離がある。
そして、百堂さんはその場所よりも手前に陣取っている。
これじゃ階段から向かいのビルには跳びようがない……!
「……また無茶する羽目になるなぁ!」
僕は階段を駆け上がる足に更に思い切り力を込めた。
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