第七十話  異口同音な競技  ②


 ドームの真ん中に集められ、点呼も終わったわけだけど何やら様子がおかしい。


 今から行うのは借り物競争だ。


 僕の知る限り、リレーとかと同じでトラックを順番に走り、紙に書かれた物を周りにいる人に借りてそれを持ってゴールする。そんな競技のはず。


 けど、ここはドーム。

 観客と接触するには観客席にまで行かなくちゃいけない。


 いや、無理じゃないんだろうけど、毎回毎回トラックから観客席にまで行って、そこで目当てのものを持っている人を見つけて、それを借りてゴールするっていうのはなんというか効率が悪いというかテンポが悪いというか……。

 見てて盛り上がりにくいんじゃないかと思ってしまう。


 だから、借り物競争とは名ばかりでお題に書かれる物はすべて事前にトラック周辺に用意してあって、それを持ってくる競技になるんじゃないかなって思ってたんだけど、何故かいつまで待っても列の形成が始まらない。


 僕たちは学年も組も関係なく団子状態のまま、ドームの真ん中で待ちぼうけを喰らっている真っ最中だ。


『お待たせいたしました。ただいまより競技の説明に入らせていただきます』


 会場が暗くなり、いきなりアナウンスが入った。

 それと同時にモニターに映像が流れ始める。


 なんだろ? わざわざ映像での説明を必要とするほどの競技じゃない気がするけど。


 あ、もしかして本当に観客席にまで行くのかな?

 だから動線を映像付きで明確に説明しようとしているとか。


『借り物競争ですが内容を少し変更して行うことが学園側より通達されました』


 聞こえてきたアナウンスに選手どころか観客にまでどよめきが広がる。


 そりゃそうだ。

 借り物競争で内容の変更って一体何だろう。

 物だけじゃなくて貸してくれる人も連れて来てとか言われるのかな。


 確かにそのほうが借りたものの返却が楽だし、何より物を貸してあげた人って意味で貸した側の株も上がるし、良いことのほうが多い気もする。


 でも、それってあくまでルール説明であって、内容の変更とは言わないよね?


空森からもり優成ゆうせい選手、前へ』

「………………は?」


 いきなり名指しされ、しかもスポットライトが僕を照らしてくる。


 ……え?

 何故?

 僕何かやっちゃいました?

 …………いやまぁ、色々やってるか。


『空森選手、早く前へお願いします』

「……はい、今行きます」


 駄々を捏ねてどうこうならないのはわかり切ってる。

 僕はたくさんの視線を一身に受けながら、一人ポツンと立たされた。


 お姉さんがいなくて良かったかも。こういうの苦手だろうし。

 居心地の悪い晒し者にされていたら、スタッフの人が何か持ってきた。


『では、空森選手。それを装着してください』

「本当に一体なんなんだ……」


 渡されたのはヘッドギア。ただし頭を守るもののはずなのに明らかに電子機器の類だ。

 特殊なヘッドセットって言ったほうが良いのかもしれない。


 でもなんでこんなものを付けなくちゃいけないんだろう……?

 絶対に借り物競争に必要ないよね。


『では、変更点の説明をさせてもらいます。事前の説明では紙に書かれたお題をドーム内の誰かから借りてくるというものでしたが……』


 あ、やっぱりそこの変更なんだ。

 じゃあ、ドームの誰かじゃなくて、トラック周辺の誰かに変更とかかな。


 ……このヘッドギアはなんだろな。



『紙に書かれたお題をドーム内の誰かから借りてくるのではなく、逃げ回る空森選手を追い掛け回し捕まえてヘッドギアを外すことに変更となります』

「なんでだよ⁉」



 想像のはるか斜め上の変更だった⁉

 なんだその競技⁉

 いや、競技と呼べるかすら怪しいじゃないか‼


『時間は三十分間の競技となり、時間内に空森選手のヘッドギアを外した選手の組にポイントが入ります。空森選手が逃げ切った場合は赤組にポイントが入る形となります』


「説明を続けないで⁉ 納得してないよ!」


『空森選手が赤組の仲間と結託して不正を行わないよう、装着したヘッドギアに搭載されている全周囲カメラの映像はリアルタイムで配信されます。怪しげな動きがあれば空森選手にはペナルティが課されますのでご注意ください』


 全然話を聞いてくれない‼

 いや、本当にどういうこと⁉

 ぶっ飛んだことが起きるのはもういいんだけど、このぶっ飛び方は何かおかしいよね⁉

 作為的な何かを感じるよね⁉


『なお、ヘッドギアは装着と同時に電子ロックされています。空森選手以外の指紋でのみロックの解除が可能となりますので、ヘッドギアを外す際はこめかみ部分のセンサーに指を当てるようお願いいたします』


「いつ取られたの僕の指紋⁉ もはや犯罪者の気分なんだけどぉ‼」


『競技はドーム内に限らず、ドームの周辺半径一キロとします。アプリにて範囲の指定が見れますので参照してください。では、空森選手は今から先に行動を開始してください。十分後に空森選手のカメラがオンになりますので、それが競技開始の合図となります』

「無茶苦茶だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」


 僕の叫びが木霊する中、無情にもモニターが暗転した。


 なんなんだ……。

 これは一体何の冗談なんだ……。


 でも、幸いなのはこのいきなりのルール変更が知らされたのが僕だけではないとい

うこと。


 きっと意味の分からないルールにお嬢様たちだって困惑しているはず!

 さぁ、皆で異を唱えよう!


 借り物競争ならぬ狩り者競争などやりたくないと‼


「空森さんを捕まえるということは……お体に触れるということですよね?」


 そんな期待を込めて振り返った僕を出迎えたのは、何かやけにギラギラした目をしているたくさんのお嬢様たちだった。

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