第六十九話 異口同音な競技  ①


 打って変わって再びのドーム内。

 お腹は更にパンパンだけど、それを理由に競技をさぼるわけにはいかず、僕は張り切って本日二種目目の競技にやってきた。


 お姉さんはいない。

 鶴屋つるや先生にも言われた通り、いるのは僕一人だ。

 歯がゆいのは事実だけど、今自分に出来ることはただ真っ直ぐに競技に出ることだけ。


「……頑張らないとね!」


 ナイーブになりかけた心を奮い立たせる。

 実際余計なことを考えているのは危険だ。


 なんせあの障害物競争の後だもの!

 気が散っていたら、本当に危ない目に合いかねない……!


 いや、気が散らないで本気出した結果そこそこの怪我したとか言わないで欲しい。


空森からもり優成ゆうせい!」


 自問自答で恥ずかしくなっていた僕の耳にもはや聞き慣れた声……というか登場文句が聞こえてくる。


「……あ、そっか。全部いるんだもんね」

「そうですわよ! この体育祭において、空森優成いるところルナ・アッシュ・フェイクありですわ‼」


 何故か腰に手を当て胸を張るルナさん。

 だけど、ルナさんはすぐに反らせていた背中を丸めると、覗き込むように僕の手を凝視した。


「……それで、その……大丈夫ですの?」

「うん。流石にまだ塞がってないけど、そんな心配してもらうほどの怪我じゃないよ」

「……そうですのね。良かったですわ」


 ほっとした顔でルナさんが息を漏らす。

 あの後包帯を巻いたこともあって、見た目は立派な怪我人だ。


 それにルナさんは血が飛び散っているところも見ているわけだし、心配してくれたんだと思う。


 僕をボコボコにすることが目的のはずなのにやっぱり根は良い人だ。


 ………………つくづく何でこの人が僕のアンチ筆頭なんだろうな。

 出会い方が違えば、普通に仲良くなれた気がする。


「それなら改めて私はあなたをボコボコにしてやりますわ‼」


 いやほんとに仲良くまでは望まないから出会い方やり直せないかなぁ……。


「あ、そうだ。お腹は殴らないでね」

「わかりましたわ。気をつけましてよ。けど、どうしてお腹? 手ではなくてですの?」

「いや、お腹がいっぱいだから下手に衝撃が来ると色々とヤバいことになりそうで……」


「競技前に栄養を取るのは結構ですが、食べ過ぎは競技など関係なく体に毒でしてよ?」

「残すわけにはいかない状況だったからさ」

「なんなんですのその状況?」


 主にスプーンを使われる的な意味でです。

 でも、間接キス云々の話をするのは流石にアホだ。


 夜空谷よぞらだにさんすら気付いていない爆弾をわざわざ散布するほど僕も愚かじゃない。


 それにこれはもしかしたらチャンスかもしれない。

 少し脚色は入るけど、夜空谷さんが僕のために料理をしてくれたのは嘘じゃない。


 その事実を伝えたら「あら? もしかしてお二人はちゃんと仲がよろしいのかもしれませんわ」みたいなことになる可能性は捨てきれないはずだ。


 そうなったら、夜空谷さんのために僕をボコボコにしようとしているのが今のルナさんなのだから、誤解の一端は解くことが出来るかもしれない!


 雨瑠うるちゃんの件でキレてる方々は正直どうしようもないからしばかれるしかないけど……!


「実は夜空谷さんが僕のためにオムライ……オムレツを作ってくれたんだ」

夜空谷よぞらだに詩織しおりが……?」

「うん。初めての料理なのに美味しくてさ。僕のために作ってくれたものだし、残すのが嫌で食べ切ったら見事に腹パンになったってわけ」


 さて、どうだ……?

 仲睦まじい恋人同士の話に聞こえたはずだ。


 僕は鬼畜姉妹丼狙いのクソ野郎じゃなくて、ちゃんと夜空谷さんと恋人をやってることが少しでも伝わってくれたら──伝わってくれたら?


 あれ? そういえばそもそものアンチの出発点って、リア充許すまじじゃなかったか?


 こんなリア充話はただ火に油を注いだだけになるんじゃないか……⁉


「夜空谷詩織があなたのためにオムレツを作るなんて……」


 ワナワナとルナさんの方が震えている。


 げぇ⁉ やっぱり地雷を踏み抜いたかもしれない⁉


 静まり給え荒ぶる陰の者よ!

 恨み妬みは誰も幸せにはならないのだから!!



しつけが進んでいる証拠ですわね‼」



 柏手かしわででも打ちながらお祈りしようとしていた僕だったけど、ルナさんは何やら僕の想像からは全然連想されないことをお口になられた。


 ん? 躾?

 何がどうしてそうなるんだ?



「恋人と言いながら、従者のような真似をさせるなんて‼ 下克上プレイでも始めているのでしょう⁉」



 そういうことかぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉

 そうだった、そうだったよ⁉


 婆さんも言ってたじゃん、付き人になる人は軽食とか作ってるって!


 つまり、この学園で学生同士が食事を作るのは主従を感じさせるってわかりきってたことじゃん⁉


「誤解なんだ‼ あくまで彼女の自主性を尊重した結果というだけで!」


「自主性……? つまり、『ほら、自分で言えよ。お前のご主人様は誰なんだ?』『空森……様です///』みたいなことですわね! 自分で言わせて自主性がどうと言い訳を並べながら尊厳を踏みにじっていると!」


「この学園のお嬢様に共通している下衆野郎のイメージは本当にどこから来てるの⁉」


 わざわざ声まで変えて存在しない事実を熱演したルナさんは赤い顔で僕を睨んでから勢いよく背中を向けた。


「ハレンチ野郎とこれ以上話すことらさはありませんわ! 今度こそ競技中は覚悟しておいてくださいませ‼」


 行ってしまった。

 誤解もより深まってしまった……。


 もう余計なことしないで大人しく当初言われた通りにガス抜きさせるのが一番手っ取り早いし、近道なんじゃないかな……。


『点呼を開始します。選手はトラック中央に集まってください』


 会場アナウンスが響き渡る。


 うん。そうだ、そうしよう。

 この競技でこそ、ルナさんにしっかりボコボコにされてアンチ派含めて溜飲を下げてもらうんだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る