第六十七話 あの時の気持ち ①
「では、よろしくお願いします!」
「そう畏まるんじゃないよ。じゃあ、まずは……必要なものを出そうかねぇ」
棚からお皿を、引き出しからはボウルを出して、コンロの上にフライパンが乗りました。
その後で冷蔵庫から卵とバターを出していきます。
卵は鶏さんが産んだと言ってましたけど、あの冷蔵庫は鶏さんの小屋とかに繋がっているんでしょうか?
普段入らない場所だけあって、私には理解の出来ない構造になっているのかもしれません。
「それで
「どれくらい……?」
「今回で言えば、卵は割って中身を使うもので、塩は入れたら味が付き、入れ過ぎたらしょっぱくなる。焼けば固まり、だんだんと焦げていく。そういう話だよ」
「そういう意味でしたか。はい、今言われたことは理解しています。ただ加減という話でしたらわからないです」
お料理の動画なんかは見たことがあるので原理や使うものの名称なんかはわかります。
ですが、小さじや大さじと言われているのが実際どれくらいなのかとか、塩少々などの加減は見ているだけじゃわかりません。
「それがわかっていれば十分さ。加減は初めからアタシが量を決めてもいいし、それこそ味見をしながらだっていいしね」
「そんな方法もあるんですか? レシピは結構細かく量が書かれていたりしますけど」
「好みは人それぞれ、ようはあの悪ガキが美味く感じりゃいいからね」
なるほど。お料理は奥が深いと言いますが、確かに無限の可能性がありそうです。
俄然やる気が出て来ましたし、楽しみでしかたありません!
空森君が私の作ったお料理を食べる……。
そんな当たり前の事実がいきなり頭をよぎりました。
なのに、なぜでしょうか。
なぜだか変に心がざわざわする。
緊張?
なにに対して、私は緊張しているのでしょう?
「じゃあ、手を洗ったら始めようか。まずは卵を割り入れてもらうよ」
「あ、はい!」
ざわついた心の正体はわかりませんでしたが、今は目の前のことに集中しましょう。
せっかく教えてくれるのに私が上の空なのは汐さんに失礼です。
手を洗ったところで汐さんから卵を手渡されました。
確か動画ではボウルの端にぶつけて割っていたはず。
指先でつついてみても卵の殻は固そうです。
ここは思いっきりぶつけてみましょう。
ガンッ!
ガシャーン‼
「きゃあ⁉」
「何してるんだい⁉」
卵をボウルにぶつけた瞬間、卵が砕けて中身が飛び出しました。
ボウルは飛んでいき、床へと吹っ飛んでいきました。
ヌルヌルする手の中には粉々になった殻が残されて、指で軽く破片を押してみたらあっさりと殻はパキリと割れました。
「……びっくりしました」
「そりゃこっちの台詞さ。力が弱くて割れないとかならわかるけど、なんで最初からフルスイングなんてしたんだい」
「いえ……てっきりもっと固いのかと」
卵はひよこになるはずです。
命を守っている物がそんなに脆いなんて思いもしませんでした。
「叩きつけるんじゃなくて、ノックする気持ちでやりな。一回で上手く割ろうなんて思わなくていい」
「わかりました。次は気をつけます!」
言われた通りに卵をコツコツとぶつけてみれば、ひびが入ってくれました。
動画の見よう見まねで指を差し入れて開く様にしてみれば、卵の殻から中身がボウルにスルリと流れ落ちます。
その作業を四回繰り返した頃には額に汗が浮かんでいました。
「たくさん出来そうですね」
「それで悪ガキ一人分さね。男子の飯なんざ量があるだけ喜ばれるもんさ」
なるほど。たくさん量があるほうが空森君は喜んでくれるんですね。
それなら主食も付けて出したほうが空森君は喜ぶでしょうか?
……そうだ!
「あの、汐さん! ちょっと提案があるんですがいいでしょうか?」
「なんだい?」
「このオムレツをもっと食べ応えのあるものにしたいんです。そのためにアレンジをしたいんですが……」
「ふむ。まぁ言うだけ言ってみな。あまりにもダメな組み合わせだったらちゃんと反対するからね」
「はい! 中にご飯を入れてみたいんです!」
汐さんが変な顔になった気がするのはなぜでしょうか?
「つまり、オムレツじゃなくてオムライ──」
「オムレツとご飯を一緒に食べるなんてお行儀が悪いかもしれませんが、それならオムレツも味わえてお米でお腹もいっぱいになるのではないかと思いまして!」
「……あぁ、そういう感じかい」
妙に納得した様子で汐さんが更に冷蔵庫からお肉と玉ねぎを出しました。
「ならこれも混ぜようかね。そんで中身をケチャップで味付ければさらに味が良くなるはずさ」
「そんなにたくさん変更して大丈夫ですか? 汐さんを信用していないわけじゃないんですが、私の思いつきなのにまとまらなくなってしまうのでは……」
「大丈夫さ。アタシを信じな」
やっぱり汐さんは頼もしいです!
「ただ包丁を使うことになるね……。まずはアタシがお手本を見せる。そのあとで夜空谷のお嬢さんにやってみてもらうけど、危ないと判断したら包丁だけはアタシがやる。文句はなしさ。難易度を上げた結果の措置ってやつさね」
「はい。わかりました!」
玉ねぎを半分に切り、その後で何回か線を入れるように玉ねぎに切り込みを入れて、リズミカルに玉ねぎを更に切っていきます。
トントントントントントントントン。
切り込みを入れたからなんでしょうか。
切った玉ねぎはどんどん細かく切り分けられていきます。
「さ、こんな感じさ。出来そうかい?」
「やってみます! それと猫の手ですよね! にゃん♪」
「いや、少なくとも最初は猫の手にしなくていい。むしろしないほうがいいね」
これだけは自信があったから握り拳で猫ちゃんポーズをしたのに……!
「球体を切るときに猫の手だと転がって逆に危ないんだよ。そうさね、何の手と言えばいいかね。抜刀するときの鯉口に添える手って感じかね」
一気に可愛くなくなってしまいました。
それにいまいちピンときません。
どうしたらいいのでしょうか……。
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