第六十六話 ちょっとした意識 ⑥
「本当ですか!」
ぱぁ……っと
「あぁ。それこそ簡単にオムレツでも作ってみるかい? 形が崩れたら炒り卵にすりゃいいし、食べれないものが出来ないなんてことにはならないはずだよ」
「ぜひお願いします!」
自分の好物を作れるのもあってか、夜空谷さんは興奮気味だ。
オムレツも奥が深そうだけど、包丁を使わなくて済むし、調味料もそんなに多くないから味がぶっ飛ぶこともないだろう。
こだわれば沼れるけど、素人の妥協点も作りやすい。
隣にベテランのお料理戦士がいれば、確かに難易度的には簡単な部類なのかもしれない。
けど、それ以前に問題が一つある。
たしか卵はなくなったという設定だったはずだ。
「……あれ? でも
タイミングよく夜空谷さんも僕と同じ疑問に気付いたらしい。
さぁ、婆さん!
今度は一体どういう誤魔化しを見せてくれるんだ!
「さっき鶏が産みまくった」
「そうなんですね!」
……想像をはるかに下回る誤魔化し方だった。
凄い。あんな雑な嘘がまかり通るんだ。
堂々としていることが重要なのかもしれない。
僕も見習わせてもらおう。
「じゃあ、悪ガキは席で待ってな」
「え? 見てたらダメなんですか?」
そんなこんなで調理を開始する流れになったわけだけど、何故か婆さんから退場勧告を受けた。
何故だ……。
もしかしてあれかな。また僕が何かを触らないか疑われているとかなのかな?
「ダメだね。さっさと出て行きな」
「絶対に何も触らないと誓ってもですか?」
「くどいよ」
「恋人のお料理風景を見たいと言いますか、ぶっちゃけエプロンとかつけるならその姿を目に焼き付け──」
「ここに居座るつもりならさっきの話はなしさ」
「
「相変わらずひどい扱いだよ⁉」
背中をぐいぐい押されながら、キッチンから追い出されてしまった。
くそぅ、彼女の料理姿とか彼氏なら見たいと思うのが普通じゃないのかな!
エプロン姿に思わず見惚れちゃうみたいのは憧れて然るべきシチュエーションじゃないのかな‼
「はぁ……やめやめ。どうせ結果は変わらないんだし」
むしろ懲りずに覗きに行って本当に料理が中断したらそれこそ事だ。
婆さんがいるからひどいことにはならないだろうし、僕は大人しく待つのが正解なんだろう。
トントントントントントントントン。
キッチンから聞き慣れた音が聞こえてくる。
……おっかしいなぁ。
包丁は使わなくていいはずなんだけどなぁ。
「やめんか、バカたれ⁉」
「だって、必要な工程だと思うんです!」
「いらん工程だよ!」
何やら言い争う声も聞こえてくる。
……鬼が出るか蛇が出るか。
戦々恐々としながら、覗くのをぐっと堪えて待つこと十数分。
「お待たせしました!」
やり切った顔で皿を持つ夜空谷さんと、
「やれやれ……全く手のかかるお嬢さんだよ」
何やら疲れた感じで呆れ顔の婆さんがキッチンから出てきた。
「激しい
「そうさね。まぁ、戦果は上々さ」
「見てください!」
そう言って僕の前に置かれたのは婆さんが作ったものよりも四回りくらい大きくて、やや焦げが目立つ部分もあるけれど、ちゃんと楕円形に成形されたオムレツだった。
「…………オムレツだ」
「そうですよ? オムレツ作るって話だったじゃないですか」
「いや、なんか色々と聞こえてきたから、路線変更があったのかなって」
「まぁ食べてみな。悪いようにはならないのは保証してやろうじゃないか」
そこまでお墨付きが出たのなら、臆するのも無粋だ。
テーブルに置かれていたフォークを取って、僕はオムレツを半分に割ってみる。
「こ、これは……!」
黄色い断面が覗くのかと思いきや、卵の中には詰め物が入っていた。
トントン音がしていたのはこれのせいか。
細かく刻まれた玉ねぎと一口サイズの鶏肉が混ぜ込められた赤い色のお米。
そのお米を卵が優しく包み込んでいる。
この見慣れたビジュアルは間違いない……!
「オムラ──」
「どうですか! オムレツの中にお米を入れるという私のアイディアなんです!」
…………ん?
「卵だけだと空森君には物足りないかと思いまして、それでお米を入れることを思いついたんです! 玉ねぎとお肉を入れてケチャップで味付けをすることは汐さんが提案してくださいました!」
婆さんを見る。
素人アレンジ風だけど、真っ当にレシピが存在したから採用した。
そんな感じのことが顔に書かれていた。
「あ、お米だとスプーンのほうがいいかもしれませんね! ほら、空森君! 食べてみてください! 早く早く!」
よほどテンションが上がっているのか、夜空谷さんは自分でスプーンを取るとオムライスを
いわゆる、あーん。
いきなり訪れたバカップル展開にフリーズしかける僕だけど、テンションの上がった夜空谷さんはそんなこと気にしていなかった。
ズムッと口の中にスプーンが突っ込まれる。
「あ、おいしい」
「本当ですか!」
「うん。お世辞じゃないよ。夜空谷さんは料理の才能があるのかもね」
食材が良いってのももちろん影響しているんだろうけど、オムライスの味は文句なしに美味しかった。
お腹いっぱいのところにがっつり主食を食べるのはキツイと思ったりもしていたんだけど、これなら問題なく完食できそうだ。
「なら、もっと食べてください! ほらほら空森君、あ~……ん?」
嬉しそうにもう一掬いしたオムライスを差し出した夜空谷さんの顔がふっと我に返ったようにきょとんとしたものに変わる。
そのまま自分が持つスプーンと僕の顔を交互に見比べて、
「ち、違いますよ⁉ 食べさせてあげようとしたわけじゃないです! これは、その……そう私が自分で食べようとしたんです! あ、あ~ん!」
「あ、ちょっと待った⁉」
わざとらしい声を出しながら、夜空谷さんが掬っていたオムライスをはむりと食べてしまった。
……しまった、間に合わなかった。
あのスプーンは僕の口に突っ込んだのと同じやつだ。
「あ、本当に美味しい! 汐さん、大成功です!」
テンパっていた夜空谷さんだったけど、自分で作ったオムライスの味に感動して割とすぐ正気を取り戻していた。
ただし、さっき間接キスをしたことには気が付いていないようだった。
「ほら! 空森君も食べてください! 全部食べてくれないと私が貰っちゃいますよ?」
「食べる! すぐ食べる! 全部食べる!」
これ以上あのスプーンを使わせるわけにはいかない!
お行儀が悪いなんて知ったことか‼
お皿を抱えて、新しいスプーンを握り締め、僕はもったいないとは思いつつも残されたオムライスを味わう余裕もない勢いで全力で掻っ込んだ。
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