第六十二話 ちょっとした意識 ②
「…………そこまでの意図があったわけではないです」
「そうか。すまない、別に茶化したりするつもりではなかったんだ」
「いいえ。
「……気分を害したわけではないんだな?」
「はい。今の宇留部君の言い分はもっともです。ちょっとびっくりはしましたけど」
「そうか。なら……いい加減にその手を止めてやってくれないか?」
「え?」
ビクンビクンビクンビクンビクンッ……‼
「
「
「きゃあ⁉ いつの間に⁉」
川が見える~。
あっちに渡ればいいのかな?
あ、船がある!
人もいるし、僕も乗せてもらおう。
お~い乗せてくださ~い!
「目が虚ろというか召されていないか?」
「まだ息はありますよ。何やらうわ言は言っておりますが」
「どうしてそんなに冷静なんですか⁉ 空森君が大変なんですよ!」
「「…………」」
「な、なんですか、その目は……?」
「犯人が言ってもな」
「本当にお似合いの二人だと古奈橋は思うでありますよ」
「え?
「ん? どうやら三途の川にまでは到達しているようだな」
「そういえば地獄の沙汰も金次第とは言いますが、このカラの言葉からして流通貨幣はいつまで経っても変わらないのでありますな」
「金次第でどうにでもなるって意味だったはずだが、死ぬときは金持ちも貧乏も同じだぞって意味になりつつあるのかもしれないな」
「ならば、古奈橋は有利かもしれませぬな! 金がないのならば顔の良し悪しが有効かもしれませぬ故!」
「ひがまれてむしろ地獄に叩き落とされたりしてな」
「「はっはっはっはっはっ!」」
「だからどうしてそんなに冷静なんですか⁉ 空森君、払わないでください! その渡り賃は片道切符ですよ!」
六文がいくらか聞いても一向に教えてくれない。
もしかして、あれかな。
そういう世界観を大事にしてるのかな。
遊園地とかであるよね。園内は独自の貨幣が存在していて、それに両替しないと園で買いものとかが出来ないってやつ。
たしかに船に乗せてもらうのに直接お金を手渡しってのも今時ないよね。
仕方ない。ちょっと引き返すか。
どこかにその文ってのに両替できる場所があるかもしれないし。
「………………はっ‼」
「お、起きたな」
「おかえりでありますよ、カラ」
「もはや怖いです……関係性を構築する時間は私も皆さんと同じだったはずなのに、どうしてこんなに差があるんでしょうか……」
あれ? どうしてたんだっけ?
たしか僕の怪我を皆が消毒してきて、それで……。
「あれ? 僕たちって籍入れ──」
「もう一回行ってきてください」
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ⁉」
ぐりぐりと掌を揉まれた。
とはいえ、人生でも上位に入る痛みではあったけど、すでに一度経験した痛み。
意識が再び吹っ飛ぶことはない。
満足するまで耐えるしかないのはそれはそれで辛くはあるけど……。
というか、なんで僕はこんな目に合ってるの!?
「こちらも問題はありませんか?」
理不尽な攻撃を受けていた所にドアを開けて入ってきたのは
僕たちがいるのは病院……って言ったら大袈裟なのかな。救護施設みたいなところだ。
もちろんここにいるのは僕の手の怪我も要因の一つなんだけど、それよりも大きな要因があったりする。
「こちらもということは
「精神的な部分が大きいとのことなので、私の口から大丈夫と言っていいのかは難しい話ではありますけど、今は落ち着いています」
僕がゴールした後、お姉さんは嘔吐してしまい、過呼吸になったように苦しみ始めた。
極度の緊張からの解放と自分が迷惑をかけたという自責の念。
お姉さんはそれに耐えることが出来なかったようだ。
「もしかして、このまま競技に出なくなる……なんてことも?」
「ない、とは言い切れないでしょう。どちらにせよ、今日の残りの競技には空森さんだけで出てもらうことになるかと思います」
「……私のせい、ですね」
目を伏せながら、夜空谷さんが暗い声色で呟いた。
それは夜空谷さんがしてきたことを自分で否定する行為だ。
それは絶対に違う。
結果として、今は良くない方向に転がっているけど、それはこれから巻き返せばいいだけなんだから。
「ここでまたお姉さんが引き籠ったらそれこそ今度こそ出て来てくれなくなると思う。だから、僕たちは僕たちに出来ることをやろう」
「同感であります。下手な慰めはむしろ重荷になるでありましょうから、色々と苦難はあれど、それでも楽しみのほうが勝るもの。そんな認識を持ってもらえるように
「なら、まずは今日を乗り切るか。流石に今は会いたくないだろうしな」
「みなさん……。はい! そうですね、その通りだと思います!」
僕の言葉に二人が即座に同調してくれたおかげで夜空谷さんの顔が少し明るいものに戻った。
「では、みなさんは体育祭に戻ってください。明日、改めて
「はい! お願いします!」
夜空谷さんが返事をし、そして僕の手を掴む。
おや? なぜ?
「そうと決まったら、まずは腹ごしらえと行きましょう。空森君‼」
「え? いや、僕は……」
元気になってくれたのは嬉しいけど、あいにく競技前にたらふく食べたせいでまだお腹はいっぱいだ。
でも、そんなことを知らない夜空谷さんは僕を手を引いて、部屋から出て行ってしまう。
「ちょっと待って、えっと……仙人、ナルシ―⁉」
上手い断り方がわからず、僕は二人に助けを求めた。
けれど、奴らも同じ腹パンの民。
一緒に行こうとか言われたくないのか、二人はそっと僕から目を逸らす。
「さぁ、どこに行きましょうか? 男の子ですし、いっぱい食べますよね?」
「いや、だからそのぉ……! そ、そうだ! なら行きたい場所があるかも!」
苦渋の選択。
というか、この状況で助けを求められる人が僕には一人しか心当たりがなかった。
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