第五十八話 降り注ぐ障害 ⑥
一回だけ深呼吸。
ターザンして少し低くなっているとはいえ、高さはまだ二階建ての建物よりも高いくらいの場所だ。
落ちて死ぬことはないだろうけど、競技一発目にして怪我するような事態は避けたい。
なら、もっとルール通りにやれよって話だけど、まぁ任されたからにはお姉さんをハンデと言い訳にしないくらいの活躍はしときたいわけですよ。
僕が何をしようとしているのかは見ている誰もがわかっているはずだ。
柱は等間隔に立っている。
直径は一メートルほど。それが四本。
柱の間隔はだいたい三メートルと言ったところで、上から下に滑っていくターザンに合わせて柱も段々と低くなっている。
そして、最後の柱から着地する足場までの距離だけが柱の間隔よりも少し長い。
つまり、柱に登ってしまえば、柱を跳び移ることは可能だ。
遠目では柱の材質がわからなくて出来るか怪しかったけど、上から見て見れば衝突の勢いを殺すためのクッションは柱の周りに巻き付ける形で取りつけられていた。
そして、柱そのものはぶつかっても倒れないように石製の物が使われている。
あれなら僕が足場にして蹴り進んでも問題ないだろう。
蹴り倒せるならそれで進む予定でもあったんだけど、ターザンの勢いで着地してもびくともしなかったのだから、跳び移った先が衝撃に負けて倒れるなんてことにはならないはずだ。
あれだけうるさかった周りの音がやけに静かになった。
僕が集中しているのか。それとも僕の緊張感が周りにも伝わって、実況も観客も固唾を飲んでいるのか。
真相はわからない。
けど、その静かな空間は僕の意識を柱にだけ向けさせてくれた。
「よし、行くか……‼」
柱の端に目一杯寄ってから、僕は駆けた。
走り幅跳びと言うにはあまりにも短い助走距離。
けれど、同じ高さに跳ぶんじゃなくて、少し低い位置へと跳ぶなら……!
ガッ……!
足裏が跳んだ先の柱の縁に掛かる。
そのまま上半身を前に押し出して、無理矢理柱の上へと二歩目を踏み出す!
転びそうになるけど、ここで転んだらそこで詰みだ。
今のジャンプでギリギリだった。
最後の足場へ跳ぶには柱一本分の助走だけじゃ勢いが足りなくなる……!
走るこの勢いのままに最後まで駆け抜けろ‼
二度目の跳躍。
タッ……と今度は柱の縁ではなく、ちゃんと柱の上に足が着いた。
よし、飛距離は伸びてる!
ただ勢いが増してるせいか、体がさっきよりも激しくぶれた。
ギリギリで地面を押すように片手をついて、何とか転ばずに済みながら、僕は三度目の跳躍をした。
「げっ……やばっ……⁉」
飛距離はやはり問題なかった。
むしろ跳び過ぎた。
グラリと激しく揺れる視界が平行感覚すら曖昧にする。
それでもさっきのように踏みしめる床があるなら、足元を支えに体勢を立て直せばいいはずだった。
「くそっ!?」
けど、柱の中央辺りに着地したせいで、バランスを立て直すだけの時間がさっきよりも残されていなかった。
片手を着こうにももう床がない……!
どうする……!
これが最後の柱だ。
もうやり直しは効かない!
でも、この状態で足場まで跳ぶのは……。
「
周りが静かだったせいか、僕を呼ぶ声は本当にはっきりと聞き取れた。
不安そうで、心配そうな、悲痛とも言える僕を呼ぶ声。
その声は、弱気になっていた僕を奮い立たせるには十分過ぎるものだった。
「……大丈夫、だよ!」
そんな声を出させたことが恥ずかしい。
良いところを見せるどころか、これじゃ真逆じゃないか。
届かないなら、届かせればいいだけだろ!!
バランスを立て直すことなく、僕は柱から飛び出した。
一直線に進んできただけあって、足場と同じ方向には真っ直ぐ跳べている。
だけど、やはりどう見たって飛距離が足りていない。
勢いのまま中途半端な形となったジャンプは足場よりも下に向けて僕を撃ち出していた。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……‼」
だから、僕は迷わずに頭上の縄を掴んだ。
それはターザンロープ用に張られた縄。
それを掴んで滑れば、高度を落とさずに平行移動が出来る。
けれど、滑車で滑るために用意した縄は当然人が握ることなんて想定されていない。
ズザザザザザザ……‼ と握った掌が縄で削られ、手首や腕を温かい何かが伝ってくる。
でも絶対に手は離さない。
「それじゃ……バトンタッチで‼」
縄の最終地点で手を離し、同じく僕のことを不安そうに見ていたお姉さんの真横に転がりながら着地する。
裂けていた手から血が飛び散り、転がった時に触った床はべったりと血の跡が着いていた。
多分顔とかにも血が飛んでいるんだろう。
お姉さんは青い顔で慌てて僕に駆け寄ってきた。
「手、その、早く手当てしなきゃ……!」
「大丈夫大丈夫。見た目よりも全然問題ないですよ」
「そんなわけ……」
「それよりも早く競技の続きを! 僕がこれだけ頑張ったんですから、無駄にしないでくださいよ?」
「っ! …………わ、わかった。早く手当てはしてもらってね」
凄く僕を気にしながら、それでもお姉さんがソリで発進していく。
我ながらズルい脅し方だったかな。
余計なプレッシャーにもなっただろうし、色々反省しなきゃ。
せっかく作ったリードだけど、今の会話であんまり意味はなくなった。
僕が無茶をしてもお姉さんがそれを気に掛けるんじゃ、今後の競技は変なリードの作り方は避けなきゃだな。
「
「無事無事、大丈夫。だから、気にせずどうぞ行っちゃって」
ターザンしてきたルナさんが血相変えて僕に掴みかかって来たけど、ここで時間を稼ぐのはあまりに卑怯だ。
まだ血が垂れている手を見られないように背中側に隠しながら、僕はルナさんの背中を押しながらソリに乗せる。
後から来た四人も心配そうに僕を見ていたけど、面識がない僕に話しかけるまでは出来なかったみたいで、会釈して次々とソリに乗り込んでいった。
さて……。
「えっと~……無事だよ?」
最後のジャンプで聞こえた声を確かめるために障害物から身を乗り出して、客席へと顔を覗かせる。
「……見ればわかります」
そこには息を切らした
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