第五十七話 降り注ぐ障害   ⑤


 ほんの数歩で到達した登り棒。

 僕はそれに飛びついて腕と足を使ってスルスル登っていく。


 気付いたら撤去されてしまっていたが、この手の遊具は子供の頃に遊んだことがある。

 コツを掴むまでもなく、体はその時の感覚を覚えてくれていた。


「流石に速いですわね……!」


 下のほうからルナさんのそんな声が聞こえてきた。


 僕が普段どうやって逃げ回っているのかくらいは調べがついているんだろう。


 ベストの有無があるのに全く速度が変わらないどころか、むしろ僕のほうが少し速いくらいだというのに、そこに対しての動揺はないみたいだ。


 だけど、僕から言わせてもらえばそのくらいのリードじゃ足りない。


 本当はもっと登るのに苦戦してくれる予定だったのに、張っているわけでもない声が普通に聞こえて来るのは正直困る。


 僕が一人で爆走しないための補助なんだろうけど、これはやっぱり要所要所で賭けに出なきゃ距離を稼ぐのは無理そうだ。


「ちょっと怖いけど……仕方ないなぁ!」


 棒の分岐点に到達する。

 ここから横の棒に掴まって、落ちないように棒を渡らなくてはいけない。


 男子の挑戦がないから参考にはあまりならないけど、これまでの参加者は全員がここで数十秒を要していた。


 というのも、隣の棒を掴んで、しがみついていた棒から体を離すのは恐怖もそうだけど力の加減が難しい。


 ベストの補助があるとはいえ、さすがに空中にぷかぷか浮きながら渡ることは許されないらしく、支えを失えばゆっくりと地上にまで落ちて最初からやり直しとなっていた。


 つまりここをいかに早く移って登るかが一つの鍵だ。


 だから──‼



「っ⁉ 嘘でございましょう⁉」

「すごっ……」

『な、なんと赤組の空森からもり選手! 登ってきた棒の上からジャンプして見せましたぁぁぁ‼』



 僕が飛び移った衝撃で棒が揺れる。

 よし! 上手くいった!


 棒を掴みながら、慎重に体を移動させるのは力が逃げるし、体勢を立て直すのも難しい。


 だから、僕は隣の棒に支えにしながら、登ってきた棒の先端にまで足をかけた。


 中途半端な態勢にならずに棒を移るには体を捻らないことが重要だと考えて、先端を足場にして、片足で飛ぶために。


 両手も両足も棒に全く触れない時間を空中で作って、それで真正面から次の棒にしっかりとしがみつけば、渡る前と同じ体勢にすぐ入れる。


 命綱なしでやるにはなかなかに勇気が必要だったけど、これで確実にリードは作れたはずだ。


 少し下を見て見れば、まだ分岐点にすら到達していないルナさんたちが驚愕の目で僕を見上げていた。


 僕の無茶な行動に度肝を抜かれてくれているみたいで、動きが完全に止まっている。


 この機を逃す手はない。

 移ってしまえばただの棒。

 僕は難なくそれを登り切り、次の障害へと移っていく。


「……よし。この感じなら多分いけるかな」


 柱を躱しながらのターザンロープ。

 僕にとってこれが一番厄介だ。


 最後の飛ぶタイミングをミスれば足場に着地できないのもそうだけど、何よりも飛び損なったらやり直しがきかない。


 お嬢様たちはべストによって後ろへと引き戻されれば、ふたたび勢いのままに飛ぶことが出来るけど、僕はそうもいかない。


 ターザンロープは傾斜を滑車で走っている。

 つまり、飛び損なって勢いが死んだ後は体を振って勢いをつけることも難しい。

 半端に動く滑車は僕の体の勢いをむしろ殺してしまう。


 どうにもならなくなったら最悪指が飛ぶこと覚悟で滑車の部分までよじ登ってそこを抑えながら体を揺らすしかないのだから、正攻法で行くにはかなりリスキーな障害だ。


『おっと、空森選手! またしても何か凄技を繰り出すつもりのようです!』


 あの実況の人、出来れば僕以外にスポット当ててくれないかな……。

 こっちは別に出来るからやってるんじゃなくて、やらなきゃいけないからやってるんだ。

 凄技とか言われても普通に無様晒すだけの可能性だってあるんだぞ、まったく!


 内心でぶつくさ文句を言いながら、ロープを結んで短くしていく。


 さっきの登り棒みたいに足まで使ってしがみつくのがターザンロープの基本的なスタイルだろう。


 でも、それじゃ最後に飛ぶのが難しくなる。

 だけど、体を振る以上はしっかりとロープにしがみつかないと振り落とされてしまう。


 ただでさえ正攻法で行ってもリスクがあるのだから、あの柱を正攻法以外で攻略するのがここの肝だ!


「よし。これくらいで……行くぞォォォォ!」


 短くなったロープを片手で掴み、勢いをつけて空中へと飛び出す。


 短くしたロープを掴む僕の姿は一見したら滑車に頼らず、ピンと張られた縄を直接つかんで滑っているように見えることだろう。


 それくらいじゃないと僕のやろうとしていることは成立しない。


『空森選手は一体どういうつもりなのでしょうか! あの長さでは体を振ることが出来ません! 一体何をしようとしているのか!』


 会場の視線が僕に集まっているのを肌で感じた。

 こういう注目を受けながら何かをするなんて今まで経験したことないけど、過剰な期待をされているって思ったよりも重たいな。


 柱が迫り、僕は普段よりも言うことを聞かない自分の体に少し驚きながらも着地の体勢に入る。



 ドンッ……‼



 勢いのままに僕は足から柱へと突っ込んだ。

 寸前で体を曲げ、両足の裏で着地したけど、膝を曲げる程度の受け身では衝撃を殺しきれなかったみたいでジンジンとした痛みが舐めるように僕の体を走り抜けていく。


「よっ、と……!」


 柱の上に足を乗せ、ロープを持ちながら腹筋で体を持ち上げる。


 完全に上がったところで掴んでいたロープを離せば、僕を置き去りにして、ロープだけが先に走り去っていった。

 

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