第五十六話 降り注ぐ障害   ④


『さぁ! 一発で風船も撃ち抜いて……白組が今ゴォォォォォル‼』


 先頭を走っていたお嬢様が白いゴールテープを切り、ドームの中に熱い実況の声と観客の歓声が木霊する。


 凄いな。

 本当に何かの大会に出ているみたいだ。


 息継ぎすら計算しているような、まったく途切れることなく実況をしているのは多分プロの人なのだろう。


 先ほどから赤にも白にも忖度することなく、一位通過の選手や障害をスムーズに通過する選手なんかを均等に実況し続けている。


 そして、ゴールするたびに沸く観衆。

 嫌でも気分は高揚してくるというものだ



 さて、状況は今言った通り。

 先ほどからお嬢様たちはあの障害の数々をちゃんと突破出来ている。



 カラクリはいたってシンプルなものだ。

 障害物競走に参加するお嬢様たちは全員が体操服の上から少しゴテゴテしたベストを着込んでいた。


 そのベストからは細いワイヤーが伸び出ていて、空中へと繋がっている。


 ようは補助具である。


 登り棒を登るときは上へと引き上げる力が働き、ターザンロープでは左右へ、滑り台では万が一クラッシュした時の保険として、ベストがお嬢様たちをサポートしている。 


 確かにあれがあれば、この障害であってもクリアすることは難しくない上に、乗り越えられない障害でお嬢様が一人取り残されて晒し者になるようなリスクも回避できる。


 順位をつけない体育祭なんかも普通にあるのに、赤と白に分けて、順位による点数で競わせているのは少し意外に思えた部分だけど、こうして学園側で少しコントロールしている部分はあるのかもしれない。


 ……で、それはいいんだ。


 参加者は競技を楽しめるし、見ているほうも変な心配をしないで競技を見ていられるこの措置はすごく理に適っていると僕だって思う。


 だけどもさ……。


「あの……本当に大丈夫なんですの?」


 敵であるはずのルナさんが僕の隣で心配そうな顔をしている。

 僕をボコボコにすることを目的にしている彼女がこんな顔をしているのはこの競技における僕のハンデが原因だ。


 覚えているかな?


 この体育祭は男子と女子が同じ競技に参加する。だから、僕とルナさんが同じ走順にいるわけだけど、そのまま同じことをさせたら流石に男子に有利だ。


 だから、男子と女子の身体能力の差はハンデを設けることで調整するって鶴屋つるや先生は言っていた。


 だいたいは距離を延ばされる形で調整されているみたいだけど、障害物競走は距離を延ばせば障害を増やさなくちゃいけなくなる。


 最後に走る距離を延ばしても、途中の障害に筋力も関係している以上、走る距離だけではハンデとして不十分だ。


 だから、僕にはベストが与えられていない。



 ノーベスト。

 リピートアフターミー。

 ノォォォヴェェェスト!



 ………………おかしいでしょ⁉

 それはハンデを背負い過ぎちゃいませんか⁉


 唯一、本当に唯一の良かったところとして、そのハンデの作り方のため、僕が前半の障害を担当し、お姉さんを後方の障害へと回せたって部分はあるけども。


 それにしたって流石に不利すぎる。

 僕がどっかの障害で詰んだら、僕はひたすら晒し者になるわけだし、それも嫌すぎる。


「棒から落ちたり、ロープを離したりしたら怪我をしてしまうのではなくて……?」

「そうならないように頑張るよ」


 根は決して悪い奴ではないルナさんは僕のハンデが発表されてからずっとこんな調子だ。


 この様子だとボコボコにすると言っていたのも果たしてどこまで出来るのだろうと気になってしまう。


 ちなみに僕がやるんだったら、迷いなく初手で登り棒から蹴り落としている。


 だから、僕もそれくらいされるつもりでいたんだけど、この感じだとそこまで警戒する必要はないのかもしれない。


「次の選手はスタート位置についてください」


 係りの人の誘導に従って、僕とルナさんを含めた六人が一列に並んだ。

 さすがにこの競技は同学年で走者が統一されている。


 互いの組から三名ずつ。一位でゴールしたら五ポイント。そこから順位が一下がる度に一ポイントずつ減っていき、ビリで無得点となる。


 流石に三ポイントは取っておきたいけど、僕が担当する部分でトップを走るくらいじゃないとそれも難しいだろう。


 お姉さんとは滑り台からバトンタッチになる。

 接戦の状態では多分引き離されていくことになるはずだ。


 一応救済措置として、お姉さんにバトンタッチした一分後から僕も後を追うことが許されている。


 お姉さんに追い付いたら再度バトンタッチしていいというわけだ。


 使わずに済めばいいとは思うけど、もしものためには一分後でも逆転可能な貯金を僕があらかじめ作っておかなくちゃいけない。


 お嬢様たちのベストにワイヤーが取り付けられていく。

 それを横目で見ながら、僕は屈伸をしたり、腕の筋を伸ばしたりと入念にストレッチをした。


 ギャーギャー言いはしたけど、確かにこの障害競技は仙人の言う通り僕向きだ。

 ベストがないことは間違いなく不利だけど、あんなもん着て動き回ったこともないから、軽装でいられることがもしかしたら有利に働くことだってあるかもしれない。


 まぁ、なるようになるし、やれるだけをやるしかない。


 全員の用意が済み、スタート準備。

 ベストで上半身の自由が効かないのか、お嬢様は皆スタンディングスタートで始めるみたいだ。

 僕だけが両手を地面につけるクラウチングスタイルで開始の合図を待つ。


 そして━━


『位置について、よ~い…………』


 クっと腰を上げ、


『スタート‼』


 僕は思い切り足を踏み切った。

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