第五十四話 降り注ぐ障害   ②


 皆さんは障害物走って聞いたらどんなのを想像しますか?


 ハードルがあったり、飛び箱があったり、はしごをくぐったり、麻袋に入ってピョンピョン飛んでみたり。

 そんなのを想像しますよね?


 ……しますよね⁇


 演出なのか知らないけど、薄暗い照明と白い霧に覆われた競技場。

 その中央にそびえたつ巨大なアスレチックを見ながら、僕はきっと無の表情をしていることだろう。


 障害物走に出るためドームへ到着した僕たちを待っていたのは、遊園地とかで置かれていても不思議はない、というよりも遊園地以外ではまず置かれることがない一種のアトラクション染みた障害たちだった。


 大袈裟だって?

 なら、内容をご説明しようじゃないか!


 スタートしてまずぶち当たるのは十メートルくらいの高さの登り棒。それを登らなければ前に進むことは出来ない。


 厄介なのは登り棒は二本で一組になっていて、地面から伸びる棒と頭上から垂れ下がっているもう一本があり、下から伸びる棒だけでは上に到達出来なくなっている。


 つまり、途中で棒から棒へ移らなくちゃいけない。

 距離は数十センチってとこだけど、地上数メートルで棒から手を離しもう一本へ移るのは中々に恐怖だ。


 しかも垂れ下がる棒にしがみついた直後は位置次第で足が空中に放り出される。

 果たして腕の力だけで人は棒をよじ登れるものなんだろうか……。


 そして次に待ち受けるのがターザンロープ。

 こっちもこっちで問題を抱えていて、ターザンの途中にはいくつもの柱が立ち塞がり、体を大きく揺らして柱を躱さなくては正面衝突してしまう作りになっている。


 挙句の果てにターザンが行き着いた先の足場はターザンの勢いのままに飛び移らなければならない離れた場所にあり、しかもその範囲は驚くほどに狭い。


 道中で体を揺らし過ぎれば、足場に向けて飛ぶことが出来ず落下は必至で、かといって揺れが治まるのを待てば、勢いが足りなくて足場まで飛ぶことが出来ない。


 そこを超えた先には緩やかな滑り台があり、長さはざっと見ても五十メートルくらいある。 

 滑り台は一レーンずつがしっかりと縁で区切られ、滑車の付いたソリのような乗り物が設置されていた。


 普通に滑ることも出来るけどそれでは速度が出ない。多分レーンの縁を掴んで加速しろってことなんだと思う。


 そして、滑り台を滑った先にはモデルガン(いくらなんでも実銃じゃないと信じたい)が置かれている。


 ふわふわ浮いている風船があるということはそれを撃てということなんだろう。

 自分の身を守れるように予行練習でもさせようとしているのだろうか?


 そこからはゴールまで一直線。

 平地を百メートル程走ってゴールとなる。



 …………どう考えても体育祭でやるような障害物走じゃない‼



 というか、お嬢様たちはこれをクリアできるのだろうか?

 最初の登り棒すら突破できない人が続出する未来しか見えないんだけど……。


 いや、そもそもお姉さんはどれならクリアできるんだ……?


「………………空森からもり君」


 心でも読まれたのか、僕の隣で同じように無の表情になっていたお姉さんがゆっくり僕に向き直った。


 そして、びっくりするくらい清々しい笑顔で、



「少しの間だけでも学生の頃を思い出せてよかった。部屋から出る勇気を与えてくれたことに私は本当に感謝して──」

「ダメダメダメダメ⁉ 諦めないで⁉ やり切った感出して終わらそうとしないで⁉」



 当たり前のように諦めていた。


「だって無理だよぉ⁉ あんなの一つもクリアできないよ‼」

「滑り台以降ならいけるでしょ! 僕がそこまで何とかしますから!」

「……ほんとうに?」

「任せてください」


 などと無責任なことを言っては見たものの、正直それが可能かはわからない。


 僕がクリアできるかどうかじゃなくて、前半を僕が担当するという役割分担が許されるのだろうか。


空森からもり優成ゆうせい!」


 頭を捻っていたら、またしても聞き覚えのある声がした。


 あ、そうだ。

 目の前の現実に面食らって忘れちゃってたよ……。


 この障害物走はただの障害物走じゃないんだった。


「……僕をボコボコにする一番手はルナさんなんだね」

「当然ですわ。まずはわたくしが見本を見せ、それに後の方々が続いてもらう。それでこそ結束は確固たるものになるんですのよ」

「変なところで律儀だなぁ」


「ふふん、そのために少しばかりの不正までしましたもの。なによりどんな競技であろうと私のお手本を見て真似て頂ければ、誰でもあなたをボコボコにすることが出来ますわ! みなさんも練習を重ねはしましたけれど、やはり実戦は別ですもの、やはり見本は必要だと思いましたの!」

「……えっと、つまり?」


 今、どんな競技でもって言ったよね?


 ……いやいやそんな馬鹿な。

 さすがにそこまでしてくるなんてことは……。



「私はこの体育祭であなたの出る競技全てに参加いたしますわ‼」



 あ、やっぱり度が過ぎてるんだこの人。


「僕に出る競技を指定してきておいて、何で指定外の競技まで被ってるのさ……」


「それはその……不正をしたと言いましたでしょう? あなたのクラスで参加競技が決まった後にこっそり教えていただいたからですわ。どれもこれも敬遠されがちだった競技ですので、私が出る予定だった競技と交代して欲しいとクラスメイトにお願いしましたら快く快諾いただけましたの」


「……じゃあ、指定して来てない競技に関しては練習していないラフプレーに出ると?」

「そういうことになりますわね」


 それは少し注意しないといけないな。

 練習した動きなら僕が受け切ればいいだけだけど、指定外で僕の出る競技は障害物競技ばかり。


 しかも障害の内容が目の前のこれと同レベルだとしたら、いきなり無茶な行動に出られたら、僕じゃなくてお嬢様たちが怪我をしかねない。


「……ですが、あなたはどうやら悪運が強いようですわね」


 反り断つ障害物を見上げながら、ルナさんがそっと頬の汗を拭った。


 ……ん?

 何で汗かいてるんだろ?

 もしかしてもう一種目出た後とか?

 思ったより疲れてるから、ラフプレーをしませんとかならそれはそれで歓迎するんだけど。


 ふぅ……とルナさんは重い溜息をついて、すごく情けない弱弱しい声で拭った汗の正体を漏らした。



「こんな障害物を前にしてはあなたへ構っている余裕など多分ありませんわ……」

「さっきのは冷や汗なのかよ⁉」



 そうだった。

 行き当たりばったりがこの人たちの常なんだった。

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