第五十三話 降り注ぐ障害   ①


「その……迷惑かけてごめんなさい……」


 大きな体をすごく小さくさせながら、お姉さんが頭を下げた。

 今日は年上の女性からよく頭を下げられる日だ。

 あまり気分のいいものではないので、僕はまた目を晒してしまう。


「いえ、事情は理解してますから」

「けれど、何故カラなのでありましょう? この場合、血縁関係である古奈橋こなばしが組むほうが何かと都合が良いと思うのですが?」

「さっき話に出た身体能力の問題だろうな。古奈橋と組ませるほうが筋は通っているだろうが、古奈橋だとハンデを抱えた状態で周りの生徒と競うことは難しいと判断されたんだろ」

「む……みくびられたものであります」


 あのお知らせが流れるなり、今度は何をやらかしたのかと仙人から連絡が来て、ナルシ―からも詳しい説明が欲しいと言われたので、僕は仙人とナルシ―とお姉さんと合流した。


 お姉さんが奢ると言ってくれて、普段なら絶対に入らない(入れない)おしゃれな高価格帯のカフェに来てみれば、男子の来店を珍しがった店長さんがサービスだとパフェだのパンケーキだのをテーブルに勝手に並べてくれた。


 少しでも鮮度が落ちたものはお嬢様方に出せないため、庶民の出身である僕たちに在庫の処理をしてほしいということらしい。


 実はナルシ―もお嬢様たちと同じ分類だったりするわけだけど、僕の手料理に手を出していても何も言われない辺り、学園はナルシーをそういう枠では扱っていないみたいだ。


 そうでなきゃ、男子の中にも金持ち子息がいるって話が店の人に共有されていないはずがない。

 事実、お姉さんは自分の分を別個注文してもらうことになると説明もされたし。


 感覚はやはりお嬢様のようで、お姉さんはその待遇の違いに嫌な顔一つしないまま、注文を済ませ、気付けばテーブルには四人で食べるにはあまりにも多い料理が並んでいた。


 鮮度が少し落ちていようが、お嬢様たちに出すことを前提とした食事はとんでもなく味が良く、この後競技だというのに腹をパンパンにさせながら、あのぶっとんだお知らせの理由を簡潔に説明して今に至る。


 そして、提案を喜んでいたというお姉さんは流石に事情を把握していたので、話が進むうちに軽蔑するような目になったナルシ―の視線を受けてどんどん小さくなっていた。


「それで何か策はあるのか?」

「策?」

「例えば百メートル走に出たとして、半分を古奈橋姉が走り、残りをお前が走るとしよう。古奈橋姉の運動能力は知らんが、仮に四秒の差をつけられている状況でお前に変わったところで逆転が出来ると思うか?」

「う~ん……やってみなきゃかな」


 そう答えた僕をお姉さんがキラキラした目で見つめてくる。


「その場合でも無理って言わないんだぁ……! 頼りになる!」

「例が微妙だったか……。だが、お前の不利とはそういうものだ。真正面から全部攻略できるものばかりでもないだろう」

「出る競技は決まっているのですし、確かに戦い方を考えておくのは良いかもしれませんな」


 言いながらナルシ―がスマホのアプリで僕の名前を検索した。


空森からもり優成ゆうせい古奈橋こなばし彩音あやね


 すでに二人分に変更されている僕の名前の下には参加競技一覧という項目があった。


 そういえば僕も自分が何に出るのかよくわかってないんだよね。


 ルナさんから渡された競技は借り物競争、玉入れ、騎馬戦 障害物走の四つ。そのうち借り物競争と障害物走は走順の指定まであったものだ。


 他の競技は僕が脱走中に決められていて、しかもアプリで後々見れると知った僕はそれを聞こうとすらしなかった。


 すでに開催しているというのに最初に出る障害物走以外は何日目の何時に行われるのかすら把握していない。


 学園に来るまでは体育祭のための練習なんかを体育の時間にやっていたけど、この体育祭は交流も主目的にしているためか、個人競技以外は基本的に学年関係なくチームを組まされている。


 どういうことかと言えば、リレーで大学生が小学生にバトンを渡すこともある。

 つまりは練習のしようがない。

 だから、僕に限らず体育祭競技は大半がぶっつけ本番で挑む形になっている。


 これは体育祭の運営に生徒が関わらず、学園が指揮を取っているのも大きいだろう。


 学園が用意したスタッフが競技準備や人の誘導を行うので、僕たちは時間になったらドームに出向き、案内のまま競技に出て、それが終わったら退場するだけというVIP待遇だ。


 そんなわけで僕としてもお姉さんとしても初顔合わせとなる参加競技。

 さてさて、どんなラインナップになっているのかな?



 借り物競争

 騎馬戦

 玉入れ

 障害物走

 障害物リレー

 障害物マラソン

 障害物シャトルラン

 障害物二人三脚



「嫌がらせかな⁉」


 ってか、バカなのか⁉

 過半数に障害物があるんだけど⁉


 というか、学園も競技をやけくそで増やしてない!?

 障害物リレーとかマラソンはものすっごく譲れば理解できるけど、障害物シャトルランって何⁉


 あれは持ち前の体力で競うものでしょ⁉

 あれに障害なんて置かれたら、瞬く間に脱落していく様が目に浮かぶんですけど‼


「気にしていなかったが凄いな」

「面倒そうなのを全力で押し付けた感が透けるであります」

「これ全部出なきゃなの……?」


 僕としてもうんざりだが、お姉さんのテンションが明らかに下がっている。

 そりゃそうだ。こんなに内容がわからない競技なんて出たくはない。


「マラソン……シャトルラン……お姉ちゃん、そんなに走れるかな……」


 あ、テンション下がっているのはそこなんだ。

 疲れる競技だし、確かに運動嫌いには辛いのかもしれない。


「だが、ある意味ではラッキーだな」

「え? これのどこがラッキーなのさ」


「障害物を乗り越えながら走るのはお前の専売特許だろ。普段から学園内でパルクール染みたことして逃げ回っているんだ。どれだけの障害が用意されるのかは知らないが、古奈橋姉がいてもお前に有利な競技じゃないか?」


「あ、そっか。障害物がわからないから策なんて考えようがないってのもあるけど、仙人が無理って思ってた真正面からの攻略が出来るかもしれないんだね」


 そう考えたら確かに有利……とまでは言わなくても不利すぎるってことはないのかもしれない。


「とにもかくにも拙僧が心配してやる必要はなさそうだな」

「心配してくれてたの?」

「足手纏いは御免という意味だ。じゃあな。拙僧はそろそろ移動だ」

「っと、古奈橋も行かなくては! カラ、面倒を掛けますが彩姉あやねぇをよろしくお願いするであります!」


 二人がカフェから出て行くのを見送り、ものすごく暗い顔をしているお姉さんと僕だけがカフェに残された。


「あの、空森君。本当に迷惑をかけまくると思うんだけど……見捨てないでね?」

「そんなことはしないです」

「うぅ……胃が痛い」


 それはたくさん食べたからじゃないかな。

 ただでさえ身体能力で不利を抱えているのに、食べ過ぎという不利まで抱えて大丈夫なんだろうか。


 そんな心配をしながら、僕たちは最初の競技である障害物走が始まるまで、カフェで時間を潰し続けることにした。

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