第五十二話 赤組と白組    ③


「アホなんですか⁉」


 いくら何でもぶっ飛んでる。

 というか、無理でしょ!

 何をどうしたらそんな発想が出てくるのか意味がわからない!


空森からもりさんに関してはご自身で言った通りです。表立って言う話ではありませんが空森さんの活躍の場面が減ることが一番波風が立たない。そして、空森さんと競技に出ることは古奈橋こなばし彩音あやねさんにも他の皆さんにとってもメリットがあるためです」

「メリット?」


 ピンと来ない。

 というか思いつかない。

 わざわざ二人一組にして得られるメリットって何だろう?


「いいですか? 古奈橋彩音さんはろくに運動をして来なかった28歳です。普通に過ごしていても学生の頃とは違うなぁと実感する年齢だというのに、そもそもがまともに体を動かしてこなかった状態で、体育祭の競技の負荷に耐えられると思いますか?」

「…………思わないです」


 そっか、その発想はなかったな。

 いきなり教室に入って行って授業を受けるよりかは体育祭みたいな催しから参加のほうが気が楽なんじゃないかって思っていたけど、体がついてこないのか。


「ですから、参加競技に対して保険が必要だと判断しました。肉体的疲労もそうですが、参加すれば確定でその競技は白組の得点になるのは赤組の士気にも関わりますし、何よりも古奈橋彩音さんに対する風当たりを強くする恐れがあります」

「二人一組の目的はまずいと思ったら僕が全力でフォローに回れと」

「そういうことです」


 正直納得できるかと言われたら微妙だ。

 めんどくさいとかそういう話じゃなくて、それはそれでお姉さんが晒し者になるんじゃないかと不安になる。


 だって、その光景は言い方を悪くすれば介護をしているようなものだ。


 年齢にコンプレックスを抱いている状態で、もしもその様子をおばさん呼ばわりでもされたらお姉さんは立ち直れなくなるんじゃないだろうか。


「ちなみにこの打開策に古奈橋彩音さんはとても喜ばれていました」

「は?」


 意外な言葉に呆けた声が出た。


「空森さんが考えていることは想像できます。ですが、仮に一人で競技に参加したとして、その棘のある言葉や視線はなくなると思いますか?」


 なくならない、と思った。

 僕に助けられてる姿を笑う言葉が、競技で毎度失態を晒す姿を笑う言葉に変わるだけだ。


「そのための二人組案です。体育祭の競技を二人でおこなったところではっきり言って戦力アップはまずありません。むしろ足枷になるでしょう。ですが、空森さんの運動能力ならば、その足枷があっても問題なく競技に参加して白組と競えるはずです。ようはパフォーマンスにまで昇華させてしまえば、空森さんの危惧するような晒しの対象にならないと踏みました」


「僕を過大評価していませんか?」


「かもしれませんね。ですが、それはあなたに対する期待でもあります。もしも空森さんがいない状態で古奈橋彩音さんが戻ってきていたら、はっきり言って私たちは途方に暮れたことでしょう。運動能力もそうですが、こんな話を受けてくれる生徒が他にいるとも考えにくい。ですが、あなたはここにいる。あなたならばと、私たちは期待してしまっているのです」


「…………本当に卑怯な大人だ」


 そう言われてしまったら、僕は断れないじゃないか。

 学園には恩を感じているし、鶴屋つるや先生には日頃から迷惑をかけまくっていて、嫌われていたって不思議はないのに。


 こんな頼られ方をされたら、僕は馬鹿みたいに尻尾を振って、期待に応えたくなってしまう。


「わかりました。やりますよ、やればいいんでしょ!」

「えぇ、お願いします」


 僕の本心を悟られたくなくて、わざとヤケクソ気味に応えたのに、ペコりと頭まで下げられてしまった。


 直視するのは何か気まずくて、僕は思わず目を逸らす。


「ん?」


 視界が変わったことで気付いてしまった。

 ビルの影からこちらを覗く人影に……。


 マイハニーが何やら険しい顔で僕を見ていることに。


 やべっ⁉

 いや、別にヤバいことはしていないけど、鶴屋先生と二人で話しているというこの場面をまた誤解される危険がある⁉


 僕がまた何かをやって、それで引き留められているって。

 違うんだ! これは悪いことじゃなくて、むしろ良いことなんだ!


 その想いを込めて必死のアイコンタクト。



 反応はあった。

 でも、絶対に伝わっていない。



 だって、声は聞こえないけど、あの感じは「いやらしい目つきで何故凝視しているんですか⁉」的な感じだったから!


「では、アプリのデータを更新します」


 頭を下げていた鶴屋先生が気付いたらスマホを操作していた。

 僕なら断らないと予想して、すでに入れ替えるデータは用意していたのだろう。


 ピロンッと僕のスマホに通知が来たので見て見れば、アプリの更新を促す案内が届いていた。

 タップすればほんの数秒で更新は完了し、お知らせの欄に新たな新着がある。


【競技参加における連絡事項 高等科一年 空森優成・古奈橋彩音は特例措置により、全競技を二人組で参加いたします。ご承知おきください】


 嘘は何も書かれていないけど、僕にはわかる……!

 これはきっと浮気判定だぁ……!!


 慌ててビルへ視線を戻せば━━


「やっぱり……」


 あざといくらいに頬を膨らませた夜空谷よぞらだにさんが僕を睨みながら、覗かせていた顔を引っ込めて行くのが見えた。


 すでに溝が生まれていたのに悪化させることになったのは最悪だ。

 それに見る人がいないと言いはしたけど、夜空谷さんには良いところを見せたかったわけで。

 お姉さんと一緒だとそれは難しくなってしまったはずだ。


 本当に少しだけ、引き受けたことを後悔してしまう。


「大丈夫ですよ。あなたにただ荷物を背負わせるような真似はしません」


 もしかしたら、顔に出ていたのかもしれない。

 鶴屋先生が優しい声色で僕の肩をポンと叩いてきた。


「アンチの方々の相手と夜空谷さんへ良いところを見せることが両立できるよう我々もサポートいたします。どうか体育祭を楽しむ気持ちまで失わないでください」

「……。やってみます」


 どのみちもうやることは決まってしまったんだ。

 先生方のサポートも信じて、僕は僕の出来ることをやってみよう!

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