第五十一話 赤組と白組    ②


 あれだけ人数がいたというのに、外に出てドームから少し離れてみれば、意外と街はいつもの閑散とした雰囲気のままだった。


 会場競技の他にも応援合戦とかは街の中で行われるらしいけど、さすがに開幕してすぐに始まることはない。


 つまり、直接の応援がしたい人はドームの周りで待ってるし、いざ始まれば収容されるわけだから、街が人で溢れることは存外ないのかもしれない。


 ルナさんはあの後罰が悪そうにあの場を走り去ってしまった。


 今頃、「私と空森からもり優成ゆうせいが同じ組でしたの! 一体どうすれば……」とか仲間と相談でもしてるのかな。


 まぁ、思わずツッコんではしまったけど、そもそもアンチが全員白組なんて都合の良い話があるはずはない。


 僕と同じ赤組に所属しているアンチ派は決してルナさんだけじゃないはずだ。


 ようは競技の中で僕をボコボコにするということは、組の足を引っ張ることになる。果たしてアンチ派がそれを良しとするのか……判断に困るところだろう。


 というか、気付こうよ!


 僕も気付かなかったけど、あっちは僕をボコボコにする練習までしてたんでしょ⁉


 あれ? この練習って空森優成が相手の組じゃなきゃ意味ないよね?


 とか不思議に思う人が一人くらいいたっていいじゃないか!


「灯台下暗しっていうし……仕方ないか」


 文句を垂れてもどうにもならない。

 だいたいそれを僕が心配するのもおかしな話だ。


 赤組に属することとなったアンチの皆様方は競技の中で上手いこと僕をボコボコにしてくれることに期待しよう。


「空森さん」


 気を取り直してナルシ―探しに繰り出そうとしていた僕を引き留める声がした。


 この聞き慣れた声は……。


鶴屋つるや先生? 僕に何か用でしょうか?」

古奈橋こなばし彩音あやねさんの件についてです」


 気になっているどころか、それはまさしく僕が今からナルシ―を探しに行こうとしていた理由だ。


「鶴屋先生が知っているということは、ナルシ―はお姉さんを連れ出せたってことでいいんですか?」

「えぇ、事情は知っていましたから、制服類の受け渡しは既に完了しています。ただ少し問題がありまして……」

「問題ですか?」


 何があったんだろう? 

 受け渡しが完了しているなら、着れるサイズがありませんでしたみたいなオチではないだろうし、もっと別のところで問題が起きているんだろうか。


「これは想定していなかった学園側の過失とも言えるのですが、体育祭当日に参加が決まった古奈橋彩音さんの競技登録が何も為されていないのです」

「……せっかく戻ってきたのに、お前の席ねぇから状態ってことですか」

「そういうことになります」


 過失とは言うが仕方のない話だろう。

 事情を知ってはいても、男子であるナルシーが女子寮に入ることを学園が黙認することはあっても容認することは絶対にないはずだ。


 だから、ナルシーが今日行動に出ることは学園も知らなかったに違いない。


「参加競技を交代してもらうんじゃダメなんですか?」

「この体育祭の様子はアプリを通して親族の方々にも見られています。ですから、誰かと代わってもらうということも難しいのです」

「それって難しいんですか? 自分の娘が出る競技数を減らされるなんて許せないみたいなモンスターペアレントがいるとか?」


「別にその主張はモンスターではなく正当なものですよ。そして、理由の内容としては似て非なるものです。競技数を減らすことを良しとしていないのは親というよりも学園側ですから。アプリを使うことで多忙を極める中でも時間を作りやすくし、子供の成長を見てもらう。それは全寮制であるこの学園において、とても大事な時間です。それを削るわけにはいかないというのが学園長先生の判断です」


 なるほど。

 応援したい人は直接ドームに行くだろうし、競技の様子なんて街のモニターに映しておけば十分と思っていたけど、配信の本当の目的はそこにあるわけか。


 たしかに年に数度会えるか会えないかという娘をこういう形で見れるのは親としては嬉しいだろうし、それが潰れるのは学園の面目が立たなくなるのも理解できる。


 けど、そんなことより気にしなきゃいけないことがある!


「……あの先生、僕はこの体育祭で複数名のお嬢様からボコボコにされる予定なんですが、親御さんは娘が僕をボコボコにする様子を見るということでしょうか?」


「それに関しては安心してください。競技の様子が保護者の方々にまで配信されていることは皆さん周知のことですから」


「バレないようにやるはずって言いたいんですか? 僕の知るアンチの人はそういう匙加減が出来ないと見受けられたんですけど……」


 むしろ思いっきり堂々とやりそうだ。

 これは悪を倒す聖戦だくらいに思っていても不思議はないのだから、悪である僕をカメラの前で嬉々として襲って来ても正直驚かない。


 学業とか普段の素行は問題ないんだろうし、先生たちはルナさんたちのことを少し過大評価しているんじゃないだろうか。


「いえ、そういう期待はあまりしていません。そもそもが不慣れなラフプレーをそこまで器用にやれるとも思えませんし」


 あれ? じゃあ何に安心すればいいんだ?



「カメラマンは学園側で用意していますから、空森さんが襲われている場面さえ映さなければいいわけです」

「それはもはや学園ぐるみの陰湿ないじめじゃないでしょうか⁉」



 理屈はそうだけどもさ⁉

 いいの? それで本当に学園はいいの⁉


「話が脱線しましたね。空森さんの件はそういうことですから安心してください。では本題に戻りますが、古奈橋彩音さんの参加競技をどうにかしなくてはいけません」


 それでいいらしい。

 ダメだ。僕の物差しが通用するような学園じゃなかった。


「……なにも安心できないけど、そのへんは受け入れたことなので黙ります……。今の話から察して、ようは親族が見てるとも思えない僕が全部の競技を代われば万事解決ってことですよね?」

「話が早くて助かります。しかし、代わるのでは困るのです」

「……あ、そうか」


 僕は競技に出てボコボコにされなくちゃいけない。

 競技を代わったら、お姉さんの問題はクリア出来てもアンチ派の問題が野放しになってしまう。


 う〜ん……適任は僕のはずだけど、どうすればいいんだろう。


「ですので、空森さんならばという打開策をご用意しました」


 とか、悩んでいたら、すでに答えはご用意されていた。


「……決定事項なんですね? 嫌な予感がするけど、僕に拒否権はないんですね?」

「古奈橋彩音さんのためです」

「卑怯な大人だよ⁉」


 逃げ道の塞ぎ方が陰湿すぎる!


「…………それでその打開策とは?」

「非常に簡単です」


 鶴屋先生はいつもの真面目な顔で僕にアホみたいなことをのたまいなさった。


「空森さんと古奈橋彩音さんは体育祭期間は一蓮托生。つまり二人一組で全ての競技に参加していただきたいのです」

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