第五十話  赤組と白組    ①


 観客席以外に自分が立ち入る機会などないと思っていた巨大なドームの中央で、僕を含めた多数の生徒が整列している。


 学園の催しということもあり、体育祭の名を冠してはいるけど、参加するのは幼稚園から大学生まで学園に在籍する全生徒だ。


 ここにいる額に真っ赤なハチマキを巻いた生徒は全員が同じ赤組の仲間達。


 もっとも、赤組全員が集まっているわけじゃなくて、揃っているのは三分の一くらいだけど。


 全生徒が一堂に会してしまったら大きな混乱が生まれるからと説明はされていたけど、こうして自分の学年以外の生徒まで集まった様子を見ればその対応も納得出来た。


 お嬢様という言い方をしているから、屋敷を持つおほほ笑いの選ばれた女性みたいなイメージが先行しているけど、言ってしまえばお金持ちの娘さんが集まっているのがこの学園だ。


 前者だとそこまで数が多いようには思えないけど、後者の条件で考えた場合は女子校ではなく、お嬢様学園として成立してしまうほどに意外と結構な人数が該当者になってくる。


 初等科で三十五人。中、高等科で四十人弱構成のクラスが一学年毎に20~26クラス。


 これはクラスの区分がアルファベットで分けられているから上限を設けているみたいで(生徒がお金持ちしかいないから信頼できる先生の確保のためとも囁かれている)、その関係で幼稚園は一応お受験があるらしい。


 上限まで生徒がいる学年ばかりではないけど、それでも幼稚園と大学まで含めれば生徒数だけで軽く一万は超えているわけで、このドームには赤組の一部が集まっているだけなのに二千人とか集まっている。



『それではこれより百合咲学園体育祭を開幕いたします。皆さんの健闘に期待します』



 モニターに映し出されていた上品さが滲みだしている熟年の女性が頭を下げた。


 最初は誰だかわからなかったけど、あの人がこの学園の長である鳳凰輪ほうおうりん水月すいげつさんである。


 流石にお嬢様たちが知らないわけないだろうし、僕たち男子に対する配慮なのかわざわざテロップが出たから間違いない。


 各ドームに集まっている生徒への挨拶であるため、モニター越しでの挨拶となっているわけだけど、それでも気品を感じるんだから直接対面したら自分との違いに居心地の悪さを感じるレベルなのは間違いないだろう。


 こうして顔を見る機会なんて今までなかったから全然知らなかったけど、やっぱり気品のある人が取り仕切ってるんだなぁ。


 そんな雑念ばかりが浮かんでいたせいで内容は全く入ってこないまま学園長の話は終わり、モニターがブラックアウトした。


「それでは一度退場となります。誘導に従って移動を開始してください」


 モニターを見やすくするために暗くなっていた照明が点灯し、先生の誘導でドームからの退場が始まる。


 開幕の宣言はされたけど、各ドームへの移動が必要なため競技開始は一時間後。

 つまるところ、ここからは自己判断による自由時間。僕の場合は今から二時間ほどが暇な時間だ。


 さて、とりあえずナルシ―を探そうかな。

 結局整列には来なかったし、お姉さんがどうなったか気になるもんね。


義兄様にいさま!」


 そんな僕の耳に聞き覚えのある声がして、


「同じ組で嬉しいのです!」


 僕のお腹辺りにドンッと衝撃。

 小さな体を反射的に受け止めれば、体操服に赤いハチマキを巻いた雨瑠うるちゃんが満面の笑みで僕を見上げてきた。


「雨瑠ちゃんも赤組だったんだ」

「はいなのです! うにゅの雄姿を見ていて欲しいのです!」

「それを見るためには出る競技を知らなきゃかな」

「それはアプリで出来るですよ? 名前を入れてもらえば参加競技がわかるのです!」


 便利なアプリだ。

 この体育祭のためだけにわざわざインストールするだけの価値がある。


「使い方がわからないなら、うにゅが教えてあけるのです!」

「はい、お願いします」


 どうせ使わないと思って、使い方なんて聞いてないし、ここは素直にお言葉に甘えよう。

 しゃがんで雨瑠ちゃんに画面を見せながら、言われた通りにアプリを操作していく。


「こら、うにゅちゃん」


 幼いながらにわかりやすい説明をしてくれる雨瑠ちゃんに感心しながらアプリを弄っていたら、不意に頭上から声が聞こえた。


 画面から顔を上げてみれば、珍しく眉根を寄せている夜空谷よぞらだにさんが僕たちを見下ろしていた。


「あ、姉様! おはようなのです!」

「はい、おはようございます。でも、それで誤魔化されません。規制退場を無視してこっちに来たらダメじゃないですか」

「あぅ……ごめんなさいです……」


 すごい。ちゃんとお姉ちゃんしてる。

 歳が離れているからこそ甘々になりそうなものなのに、しっかりとその辺りの教育は線引きしてるんだ。

 ちょっと意外。


「それと空森からもり君と仲良しなのも私としては不安で不満です。うにゅちゃんがグレるようなことがあったらと思うと……」

「だ、大丈夫なのです! うにゅは非行には走らないのです!」

「悪い姿がかっこよく見えてしまうこともあります。いいですか、ちゃんと本質を見るように気をつけてくださいね」

「はいなのです!」


 終始僕が悪い見本として扱われているけれど、これも間違ったことは言ってない。


 雨瑠ちゃんがもしも僕の真似をして授業を脱走し始めたなんて言われた日にはきっと自責の念で胃に穴が空く。


 それにもう少し彼氏を信じて欲しいと言いたい気持ちはあるけれど、下手に藪をつつけばこちょこちょ事件が露見しかねない。


 多分あれは夜空谷さんの耳に入れちゃいけない情報だ。

 墓場まで持っていく覚悟で隠匿に努めたく思う。


「では、義兄様、姉様。またあとで!」


 幸いなことに雨瑠ちゃんは余計なことは言わないまま、夜空谷さんのお説教を素直に聞いて、トコトコと離れていった。


 そうか、今のままだと夜空谷さんがいる時に雨瑠ちゃんと会うたびに肝を冷やすのか……。

 いつか上手い落としどころを見つけたいものだ。


 内心冷や冷やで後ろ姿を見送っていたら、雨瑠ちゃんの足がいきなりピタリと止まる。


 ん? どうしたん? 何故止まる?


 嫌な想像をしていた直後なだけに脂汗が浮かんできたけど、人混みの中から雨瑠ちゃんに接触する人影が見えた。


 あ、なんだ。誰かに声を掛けられたのか。

 ほっとした僕だったけど、その人影が誰なのかに気付いて真顔になる。


 ……あれ?


「フェイクさん、おはようございますなのです!」

「ええ、おはようございます。お元気そうで何よりですわ!」

「うにゅはいつでも元気なのですよ?」

「挨拶の定型文ですから気にしないでくださいませ」


 ニコニコとしながら雨瑠ちゃんに話しかけた金髪美少女には見覚えがあった。


 おい、嘘だろ……嘘だって言ってくれよぉ……。


 僕の視線でも感じたのか、金髪美少女の視線がふいっとこちらに向いた。

 僕と目が合うなり、穏やかだった目はカッと見開かれ、体はビシリと硬直する。


 うん、きっと彼女も僕と同じことを思ったに違いない。


 ならば、硬直している彼女に代わって、僕がツッコミを入れることにしよう。

 スゥッ……と息を吸い込んで──



「同じ組なのかよ⁉」



 僕をボコボコにするアンチ代表であるルナさんの額には僕と同じ真っ赤なハチマキがしっかりと巻かれていた。

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