第四十八話 体育祭、開幕! ⑥
「やめて……歳を言うのはやめてぇ……!」
両手で顔を覆ってお姉さんが悶絶している。
隠れ切れてない隙間から覗く顔はどう見ても真っ赤だ。
「事実は変わらないのであります。もっと早くに出てきていればダメージも少なかったでしょうに」
「だってぇ……! お姉ちゃんも昔は勇気を出そうとしたんだよ? 特に周りの皆が卒業した時なんかはいよいよ覚悟を決めなきゃまずいなって! でも……」
赤かった顔をますます紅潮させながら、お姉さんはフルフル震える。
「制服を着たらコスプレにしか見えなくて……その姿で十五、六歳の皆に混じるのは恥ずかしすぎてぇ……」
「その時はまだ22とかでありましょう。そこを逃げた結果が28での合流であります。恨むなら過去の自分を存分に恨むでありますよ」
「だめ……? お姉ちゃん本当に出なきゃだめ?」
「ダメです!」
ナルシ―が何かを言う前に
「年齢は少し驚きましたが、私は中等科の頃に
「そ、そうだよね……夜空谷ちゃん、もう三年くらい来てくれてるもんね」
流石は夜空谷さん。
そういう根気は半端ない。
男子が入るとなったら、安全確認のために僕と付き合うなんて行動に出れる彼女のことだ。
閉じ籠っているならば、自分が友人となって同学年になったタイミングで一緒に学園生活を送ってもらおうと三年間説得するくらい平然とできるだろう。
それにその行動が無駄だったわけでもない。
この部屋に来た最初の反応から見て、お姉さんも夜空谷さんを拒絶するんじゃなくて少しは心を開いていた様子だったし。
「もしかしたらタイミング悪かったのかもね。夜空谷さんが普通に説得して、学園復帰していた可能性も十分にあったんじゃない?」
「否定はしないでありますが、可能性があったではなく、今日でここから追い出すまで持っていきたいのでありますよ」
こそっと耳打ちした僕の言葉にナルシ―も小声で答える。
けど、ここで余計な追い打ちをかけるよりかは夜空谷さんの説得のほうが効果があるとわかっているみたいで、ナルシ―は二人の様子を黙って見守っていた。
「同い年の皆さんがいた頃とは違うと思います。でも、今は私たちが同級生です! 一人では絶対にありません。だから、一緒に体育祭に出ましょう! そして、授業を受けて、放課後は遊んだりもして、最後は一緒に卒業しましょう!」
「夜空谷ちゃん……」
嬉しそうにお姉さんは夜空谷さんを見上げていた。
……けれど、その目がスッとまた伏せられてしまう。
「……でもね、もうだめなんだ……」
「ダメ? ダメってどうしてですか?」
「…………ちょっとだけ待ってて」
そう言いながら、お姉さんが部屋の奥へと消えていく。
何だろう?
何か大きな問題があるのかな?
閉じ籠ることをやめられない大きな理由が。
「……ねぇ、ナルシ―。実はすでに退学していて、本当にただの善意で大学寮に住みついているとか言われたらどうする?」
「さすがに可能性は低いでしょうな。この学園に入れている親にとっては22歳まで預けることが前提でしょうし、退学なんてさせて学歴に変な傷をつけるような真似を学園もしたくはないでしょう。つまり他の高校と違って、高等科の在籍年数の上限規定など定めていないと考えるほうが自然であります。ましてや退学しているならば、古奈橋が送り込まれるようなことにはなっていないでありましょう。古奈橋の目的は学園側も承知なのでありますから」
「そっか。進級をする気がない。けど、退学もさせられないから、わざわざナルシ―が編入してるんだもんね」
「入学時に所定の金額以上を寄付したことが仇になったでありますな。いるはずのなかった六年間をここにいても問題にならないのは、それだけの金を出しているのでありましょう」
なるほど。
全寮制の28歳引き籠もりなんてどうやって成り立ってるのかと思ったら、そういうことか。
「寄付金を貰っている以上、学園はどうすることも出来ず、親としても無理矢理退学させたところで、帰って来るのは社会への適合能力が著しく低い中卒アラサーの娘。控えめに言って地獄であります」
「地獄とか言わないでぇ!」
別にドアで仕切ったりしていないので、僕たちの会話が丸聞こえだったのだろう。
涙混じりのお姉さんの悲鳴が聞こえた。
「仮にも来客である古奈橋たちを玄関で待たせるような28歳に文句を言われる筋合いはないのでありますよ」
「カツ君、どうしてそんなひどいことを言うの! 昔はそんな子じゃなかったのにぃ……」
「そっくりそのまま返すでありますよ。幼い頃の古奈橋から見て、
「いいの? 泣いちゃうよ? お姉ちゃん本当に本気で泣いちゃうよ?」
「泣き落としで来るならこちらも必殺のカードを切るでありますよ。いつまでも卒業しない彩姉に母様は毎晩毎晩悲しそうに涙を流し──」
「ごめんなさぁぁぁい! 泣かない、お姉ちゃん泣かないからそういう話はしないでぇ!」
「……ま、嘘でありますがね。母様はむしろ面白がってる節まであったであります。私の知る限り最強の問題児だと」
最後の台詞はぼそっと言ったせいでお姉さんには聞こえなかったようだ。
見えない部屋の奥から「うぅ……親不孝でごめんなさい……」とお姉さんの懺悔が聞こえてくる。
本当に身内に容赦ないんだ、ナルシ―……。
ちょっと気まずくなった僕と夜空谷さんが黙ったこともあり、クスンクスンッと鼻を鳴らすような音と何故か衣擦れのような音がかすかに響く時間がしばらく続いて━━
「い、いいよ……。こっちにどうぞ」
精神攻撃がクリティカルヒットしてから二分くらいたった後、そんなお招きがあった。
僕たち三人は顔を見合わせてから、お姉さんが消えていった部屋へと入って行く。
そこには──
「うぅ……あんまり見ないでぇ……!」
パッツパツの体操服を着て、とんでもなくハレンチな状態になっているお姉さんがいて──
「たしかに見てはダメです‼」
それを見た瞬間、夜空谷さんの水平チョップが僕の顔面━━細かく言えば両眼にぶち込まれた。
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